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目黒のさんまって何?ふたつのさんままつり

まつり
Written by すずき大和

9月、魚屋さんの店頭には粋のいい旬のサンマが、今が主役とばかりにたくさん並ぶ季節です。

東京山手線目黒駅界隈では、9月の初めに週替わりで、駅を挟んだ西と東の二つの

「さんままつり」

が開催されています。

今年も、産地直送の旬のサンマの塩焼きが振る舞われ、沢山の人で賑わうことでしょう。



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なぜ目黒でさんままつり?

落語「目黒のさんま」を知らない世代が増えている

首都圏の人の多くは、「目黒」と聞けば「さんま」と思い浮かぶくらい、「目黒のさんままつり」は有名な風物詩となっています。

サンマの塩焼きを食べるために、早朝から長蛇の列ができる光景は、毎年あちこちのニュースで報道されています。

「目黒のさんま」とは、有名な落語の演目です。

50代以上の世代だと、子どもの頃から身近に落語があったり、大人の世間話を子どもが聞いていたりすることも多かったので、昔から伝わる物事が自然と耳に入ってくることが多かったです。

目黒のさんまも、年配者にとっては、誰もが知っている有名な話です。

一方、最近の若い人は、落語を聞く機会も少なく、違う世代の大人と話をすることがほとんどないまま社会人になり、下手をするとそのまま親になってしまったりすることもままあるので、これが落語であることを知らない人も増えているそうです。

さんままつりのことはニュースなどで知っている人が多いのですが、単純に「さんまは目黒の名産品」だと思い込んでいる30代以下の人が、思いのほかたくさんいるのだとか・・・。

確かに、『○○○まつり』と言えば、○○○の産地の収穫祭が思い浮かびますね。

1分でわかる、『目黒のさんま』

目黒区は東京23区の中央ちょっと南西よりに位置する自治体です。

東京湾に面する所はありませんから、当然海産物の特産品はありません。

江戸時代の目黒の町は、今の区画とは若干違いますが、やはり内陸の町です。

落語「目黒のさんま」は、目黒で魚は獲れないという、世間では当たり前のことも知らずに勘違いして思い込む、

おっとりした殿様を風刺した笑い話です。

落語を知らない皆さんにも、簡単にわかるようにストーリーとオチを要約してみます。

殿様が家来を連れて、目黒不動尊参詣を兼ねて江戸の郊外に遠乗りに出た時の話。

昼になり、近所の農家からサンマを焼くいい匂いが漂ってくる。

家来がつぶやいた

「サンマが食べたい」

という言葉を聞きつけた殿様が、自分もぜひ食べたいと言い出して、農家から分けてもらったサンマを食べる。初めて食べるサンマの美味しさに、殿様はすっかり虜になってしまう。

当時、サンマは庶民が食べる廉価の大衆食材であり、身分のある人は白身の魚などの高級品を食べていた。

後日親戚の家で「何でも好きなものをお申しつけください」と言われ、すかさず

「サンマ」

と答えた殿様。

驚いた親戚は慌てて魚河岸から最上級のサンマを取り寄せるが、脂っこい赤身の魚などを普段食べつけない殿様のからだに障ったら困る、と考えた家来は、さんざん蒸して脂を抜き、骨も全部取り除いてグズグズに崩れてパサパサになったサンマを出す。

当然、美味しいはずがなく、殿様は

「これがサンマとは!いずれよりとりよせたのじゃ?」

と問い詰めると、

「日本橋魚河岸にござります。」

そこで殿様が一言

「それはいかん。サンマは目黒にかぎる」


目黒の重要な観光資源

「目黒のさんま」は、作者不明の古典落語ですが、大正・昭和の時代に活躍した人気落語家、三代目三遊亭金馬さんが得意としてよく語っており、関東では特に有名な演目のひとつとなりました。

オチのひとこと

「サンマは目黒にかぎる」

という言葉は特に知られ、いいところのボンボンやお嬢様が、浮世離れして世間知らずな言動をすることの代名詞のようにも使われました。

戦後になり、東京も町の再建が整い、区割り行政の形も整備されてくると、自治体や目黒駅周辺の商店街などが、観光資源としてこの「サンマは目黒にかぎる」という言葉を利用するようになりました。

平成に入ってバブルが崩壊し、景気が冷え込んでくると、商業地区を抱える自治体自らが、町おこしのための集客イベントに力を入れる流れが、全国的に盛んになります。

「目黒のさんままつり」は、そんな流れの中で生まれました。

旬のサンマを追って微妙にズレる「目黒のさんままつり」

目黒区と品川区が主催するふたつのまつり

山手線の目黒駅は、実は目黒区ではなく品川区にあります。

戦後自治体の区画整理が複雑に進んで行った中で、旧来の地名と自治体の線引きが変わってしまった例は、空襲を体験した東京23区内ではよく見かける事象です。

そのため、「目黒のさんま」を観光資源としたさんままつりも、駅周辺の商店街と品川区が主催する

『目黒のさんま祭り』

と、目黒区が主催して区内事業所や商店街がスポンサーになって開催する

『目黒のさんま祭』

の2つが発生しました。

どちらも平成8年に第1回を開催しています。

異なる産地と提携して開催されるさんままつり

例年、このふたつのまつりは1週間か2週間開催日がズレています。

だいたい9月の第1日曜は品川区、第2日曜は目黒区のほうが開催されています。

どちらも、産地直送のサンマを塩焼きにし、無料で来場者に振る舞うのが恒例です。

この時季、サンマは親潮に乗って、海水温の低下に伴い少しずつ少しずつ南下していきます。

一週間の違いは、最もたくさん水揚げされる港の違いに繋がっています。

目黒駅東口の駅前で開催される品川区主催のほうは、岩手県宮古から寄付されるサンマ6000匹が振る舞われます。

駅西口、ちょっと離れた田道広場公園で開催される目黒区主催のほうは、宮城県気仙沼から5000匹のサンマが取り寄せられます。

品川区の方は、最初は築地でその時の旬のサンマを仕入れて開催していましたが、それが時期的に宮古のサンマだと知ったかの地の皆さんが、後に自ら進んで寄付を申し出てくれたもので、目黒区のほうは、気仙沼の漁業者自らが目黒区にコンタクトを取って始められています。

どちらもサンマの塩焼きを求める人の列は早朝(時には前の晩)から並び始め、サンマのためなら長時間の待ち時間に臆することない人たちによる

大行列

となっています。


ふたつのさんままつりでは、無料提供される塩焼きの他にも、いろいろなレシピのサンマ料理を売るブースがあったり、寄席ほかアトラクションも多彩に行われているので、ブラブラ屋台の食べ物を食べながら見て歩くのも楽しいお祭になっています。

塩焼きのほうは、暑い時季に長時間並んで待つため、熱中症で倒れる人が出るなどの事故もたまにあり、体力と忍耐力がないと、簡単にはありつけないようです。

他に観光資源があまりない目黒の町の活性化に役立ち、産地の宣伝にもなっているので、400年近く前ののんきなお殿様も、郷土の繁栄に今もなお大いに貢献しているわけです。

(なんちゃって、実はこの落語はフィクションなので、実在の殿様のモデルはいないんですけどね)


まさケロンのひとこと

さんままつりは、

  1. 駅周辺の商店街と品川区が主催する『目黒のさんま祭り』(9月の第1日曜)
  2. 目黒区が主催して区内事業所や商店街がスポンサーになって開催する『目黒のさんま祭』(9月の第2日曜)
この2つがあるんだね~。今度行ってみよ!
masakeron-happy


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筆者情報

すずき大和

調べもの大好き、文章書くことも人に説明することも好きなので、どんな仕事についても、気付くと情報のコーディネイトをする立場の仕事が回ってきました。好奇心とおせっかい心と、元来の細かい所が気になると追求してしまう性格をフルに発揮して、いろいろなジャンルのコラムを書いています。