LINE

LINE使わない人は迷惑?適応力がないのはどちらの側?

暗闇に適応
Written by すずき大和

しばらく前、LINEでいじめにあったと思われる高校生が自殺したニュースが流れていました。

短文や絵文字(スタンプ)などで、話し言葉のように即座にやり取りを繰り返す会話は、手っ取り早くて便利なようで、トラブルも生みやすく、電話やメールにはないストレスもたくさんもたらします。

年がら年中スマホ画面を見続けることを強要されてしまう状態に疑問を感じたり、アドレス帳情報のアップロードと照合が勝手に行われてしまうシステムへの抵抗があったり・・・本当はLINEなんてやりたくない、家族にもやらせたくない、と、感じている人は案外たくさんいるようです。



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LINEは時代が要求するコミュニケーションアプリ?

仲間内の連帯意識を強めてくれるコミュニケーションツール

仲間内での連絡をとるためのコミュニケーションツールがもてはやされ、ブームのように広がることは、昔から繰り返されてきたことです。

仲間だけに共有される空間で、他の人たちに見られず、ほぼ同じタイミングで全員に内容が伝達されるツールは、便利であるだけでなく、互いの連帯意識やグループへの帰属意識を高めます。

綺麗ないい方をすると

「絆が深まる」

ものです。

グループ内一斉連絡するなら、LINEが便利

携帯電話もインターネットも無かった時代、「交換日記」なんてものがありました。

携帯電話が普及し、メール機能が付くようになってしばらくは「メーリングリスト」が全盛でした。

やがて、mixiやTwitterなどの「SNS」に取って代わられていきます。

スマホが普及し、「LINE」が流行るようになった今、仕事はもとより、小学校の保護者会や、地域のサークルなどに入会した時の連絡手段として、LINEを指定してくる事例も珍しくなくなってきました。

LINEには抵抗があっても、世間と付き合っていくためには、やらないわけにいかない人もたくさんいます。

友だちの絆もLINE次第?

職場や子どもの学校から強制されるのは仕方ないにしても、LINEをやりたくない人にとっては、親しい友人関係の中でLINEの強要をされると、ちょっと心穏やかでいられなくなるようです。

学生時代から続く友人グルーブや、地域の中で親しくなった仲間同士のおしゃべりツールとして、LINEのグループを作ろうと誘われることがあります。

やりたくない人の気持ちとしては、友だちと思えばこそ、こちらの「いや」の気持ちを理解してもらいたいと感じるようです。が、露骨に嫌悪感を表わされることも多いようです。

中には、何らかの事情でガラケーやPHSを使わないといけない立場の人もいます。

そういう事情に対して思いやりを持ってほしいと友だちに願うのは、決してわがままや自己中心的な態度ではない、と感じる人もいると思いますが、一方で、それはLINEを使う人たちへの思いやりが欠如している、と批判する意見もあります。

仲間内にLINE使わない人がいると、その人への連絡だけ別にメールや電話で取らないといけないため、「迷惑」と見なされるようです。

LINEで連絡できない人は、平気で人に迷惑をかける人なのか

便利に抵抗する人は、時代についてこられない痛い人?

LINE大好きな人たちの中には、LINEで連絡を済ませることができない人がいると「面倒」と感じ、そういう人に対して「変わっている人」「偏屈者」という負の発言をする人もいます。

「スマホなのにLINEやらない人を見ると、ちょっとアレかな、と思う」


なんて発言は、ネットではたくさん見ます。

彼らは、どうしてもPHSしか持てない人の事情には配慮していますが、そのことでどれだけ自分たちが面倒臭い手間暇を強いられているか、に思いを馳せて「迷惑かけてすみません」という態度を暗に期待しているようです。

「自己責任と自業自得」は多数派を庇護する理屈?

今、弱者や少数派を保護する考え方が反発されやすい社会状況です。失敗してしまった“負け組”の人に対して、「力がないから不利に扱われるのは自業自得」という考え方のほうを支持する意見が目につきます。

税金を投じてそういう人を支援することへの嫌悪感を表わす言葉もたくさんあります。

そういうご時世では、みんながLINEで便利に会話しているのに、自分の意思でそこに入ってこないのなら、たとえ自分だけ情報がこない事態が起きても、それは自己責任のうち、と考える人もいます。

LINEの便利さにハマって見失う感覚

気を付けないといけない公私のラインとLINE

ITが進んだ今の世の中、LINEを使える人と使わない人の問題だけでなく、様々なコミュニケーションツールでの情報交換が可能な人と不可能な人の間で、情報量に大きな格差が生じる問題が、広がっています。

昔、子どもの保護者会などで、教室での会議ではあまり意見がなかったのに、帰りに下駄箱の前で立ち話をする中で、話が進展してしまうことがよくありました。

そこから、一部の非正規な場に出ている人が有利に話を進めてしまう進行のことを「下駄箱会議」と呼びました。

いろいろな人が混じっている場で物事を決めていく時に、皆の前で議論するのではなく、会議以外の時間にLINEで話を進めてしまい、LINEに入っていない人を話から置いて行ってしまうのは、LINEで下駄箱会議をしているようなものです。

LINEを使う人が多くなってくると、つい、そういうことがおきがちです。

もし、そういう事態を防ぐためにも、全員LINEに入ることを強制するのだとしたら、そこは根本的に考え方が間違っています。

LINEに入っていない人も取り込んでLINEで決めてしまうことを正当化するのではなく、会議なら会議の時間にみんなの前できちんと意見を出すのが本当です。

話しやすいからといって、皆で決めるべきことをLINEで一部の人だけで相談してしまうことはいけないことです。そこら辺の線引きをきちんとすることは、どんな場合であれ、大人として必要なマナーです。

LINEは自己責任で使うもの。使わない人に責任はありません

さて、では話戻って、LINEをやろうとしない人が仲間内にいたら、あなたはどう思いますか?仲間がみなLINEで連絡取り合っているのに、ひとりだけ拒否するのは自己チューな行為だと思いますか?

使ってみたら便利なものでも、リスクの大きさを考えれば、やる人とやらない人が出て来るのは仕方のないことです。

それくらいLINEの危険性は他の類似システムに比べて大きいのです。そして、世界ではもっと安全性の高いシステムの方が主流であり、LINEが人気なのは日本だけです。

LINE運営会社のある韓国でさえ、日本ほどのシェアはありません。

それでも、LINEに登録することを強く進める理由が、「連絡する手間が面倒臭いから」なのだとしたら、その面倒臭さは、いろいろな人がいるにも関わらずLINEというハイリスクの手段に依存している側の自業自得、適応力不足と見ることもできます。

同時に複数でチャットのように会話できて、もっと安全性の高いアプリは他にたくさんあるのですから。

もし、そのことに全然気づかずに、LINEは便利で安全だと信じていたのなら、この機会にもっと広く物事を見て考える感覚を養いましょう。

もし、一般人の個人情報なんて、そんなたいした価値はないと思っていたのなら、それは大きな間違いです。

誰のものであれ、実在するアドレスや電話番号がわかれば、そこに悪さを仕掛けることが可能になることを知って下さい。

LINE大好きな皆さんが、LINEやらない人にイラッとするストレスを少しでも軽減できるように、気持ちのコントロールしてくださることを祈っています。

まさケロンのひとこと

いろんな理由があると思うけど、「LINEなんてやりたくない」っていう人はけっこう多いよね。
LINEに代わるもの、山ほどあると思うんだ。そういうのを探してみるのも面白いんじゃないかな!

masakeron-normal


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筆者情報

すずき大和

調べもの大好き、文章書くことも人に説明することも好きなので、どんな仕事についても、気付くと情報のコーディネイトをする立場の仕事が回ってきました。好奇心とおせっかい心と、元来の細かい所が気になると追求してしまう性格をフルに発揮して、いろいろなジャンルのコラムを書いています。