選挙

選挙なんて意味ない、だから投票に行かない。のエビデンス

荒川の夕暮れ
Written by すずき大和

2014年12月の衆議院議員選挙の投票率は史上最低だったそうです。

若年層になるほど投票率は低く、20歳代に限ると32.58%、3人に1人以下しか投票していません。

これは、日本だけでなく、世界の他の先進国でも同じです。

若者が選挙に行かない理由は、これも全世界・いつの時代も共通で、

「面倒臭い」

「投票しても意味がない」

の2大理由にほぼ大別されます。



スポンサーリンク

投票しても意味がない、の意味するところ

ネットに溢れる「選挙に行かない正当な理由」の主張

「面倒臭い」という理由を上げる人は、自分にとって選挙は価値が低いと言っています。

一方「意味がない」という人は、選挙そのものを否定する理論を主張することが多いです。

なぜ投票しても意味がないのか、の絶対的理由は、だいたい以下の三つに集約されます。

  1. 「自分1人の1票で世の中何も変わらないから」
  2. 「投票することで自分に帰ってくるメリットが何もないから」
  3. 「誰が当選しても同じだから」


聴衆は何でも鵜呑みにしてしまうバカなのか

主張には、選挙の意味や責任を説くコメントも付きますが、ことごとく反発されています。

“意味ない論者”に言わせると、「投票に行くことが世の中を変えることにつながる」という考え方は、政府やマスコミの正論を鵜呑みにしているだけで、現実をわかっていない思考、という解釈になっています。

「1票入れても入れなくても、何の影響もなさない」


というのが、彼らが認識する揺るぎない現実です。

意味ない論の中味をマジメに検証してみよう

投票行為が世の中を変える、というのが根拠のない理想だとすると、

  • 「1票では変わらない」
  • 「何のメリットもない」
  • 「誰がやっても同じ」


これらの論拠(エビデンス)は何でしょう。

自分の1票では何も変わらない、は正しいか

候補者の得票数の差がゼロならば、自分の1票で結果が変わることになります。

意味ない論者の多くは、もしそういう状況ならば「喜んで投票する」と発言しています。

しかし、実際は拮抗している選挙区でも、結果としての得票差が丁度1票になることは珍しく、僅差でも1000票差くらいは付いています。

得票差が2票以上の場合は「何も変わらない」は、確かに間違ってはいません。

ただし、もともと選挙というのは、ひとりひとりが集まって大きな力を発揮するためのしくみなので、同じように考える人たちの集合体としての影響力に意義があります。

「たった1人の力で動かせる」世の中にせずに、大勢の民意で社会を動かしていくことが民主主義の目指す所ですから、1票だけでは世の中動かせないことは、正しいあり方です。

投票することのメリットは何もない、は正しいか

自治体によっては、投票所単位で先着〇〇名に粗品配布をしてくれる所も昔はありました。

が、バブル崩壊以降の財政難でほとんどの自治体では無くなりました。

投票した人は税金が安くなるとか、行政サービスを優先的に受けられるようになるしくみはありません。

行かなかったからと言って、ペナルティが課せられるわけでもありません。

やはり、わざわざ時間と労力を費やして投票行為をすることで、物理的メリットはないのかもしれません。

一方、投票に行く派の人たちにとっては、投票することで得るものは、そういう即物的なものとはとらえていないようです。アンケートなど見ると、

「投票する行為を通して、社会の責任の一端を担っている自負心を持てた」

「誰に投票すればいいか判断するため、政治や社会について関心を持つようになった」

「社会のことを勉強したら、今まで知らなかったことがいろいろわかった」

「いろいろわかってくると、誰を選んだらいいかもっと深く考えられるようになった」


など、内面的な充実感を得られる点を大事にしている意見が見られます。

しかし、多くの意味ない論者の皆さんは、

内面的なメリット=社会について学んだり考えたりすることで自分にもたらされるプラス面

については懐疑的です。

「自分の1票では何も変えられない」という価値観が前提なので、その1票を投じた人が充実感を持とうが持つまいが、やはり何の意味もなさないと考えています。

誰が当選しても同じ、は正しいか

これについては、何を比べて「同じ」と言っているのかはっきり説明している人はほとんどいません。

候補者や政党の公約は明らかに全く違っています。それでも「同じ」と言うのは、政策の結果の社会的影響のこと以外を指しているのでしょうか。

身近な所では、2009年から約3年間、民主党が政権を担っていました。その間、それまでの自民党では手を付けられなかったことをたくさんやりました。

  • 高校無償化
  • 大学授業料減免制度
  • 子ども手当ての実施


など、今の20歳代の人にも直接影響があった政策もたくさんありました。

現在、自民党政権で、集団的自衛権容認や特定秘密保護法制定など、軍事態勢に備えるために国家権力の強化を図る政策が全面に押し出される政治が強行されています。

これは、安倍政権だったからこその特徴的なものだと、多くの人が考えています。

エビデンスとして、「誰がやっても同じ」を立証するものを見つけるのは難しいです。

ただし、意味ない論者さんたちが拘る「自分の1票だけでは何も変えられない」という点においては、確かに誰が当選しようが同じですね。

やはり、そこなのでしょうか。

「投票は意味ない」人にとっての「意味ある」社会とは

意味ない論者が本当に否定しているもの

こうして見ていくと、「投票しても意味がない」と主張する人たちが否定しているのは、「1人の1票で世の中を動かせない」社会のしくみそのもの、という視点が見えてきます。

「自分の1票で戦局が変わるのでなければ、投票する意味がない」という人は、自分が独裁者になる社会こそ意味があると考えている、と言っているのと同じ状態です。

それはすなわち、民主主義社会の否定なわけですが、本当にそうなのでしょうか。

質問サイトなどを見ると、意味ない論者さんからの「選挙に行くべき納得できる理由を教えてほしい」という挑発的なQが定番化しています。

正論派が論破できた例はあまりありません。民主主義の否定から始まっているならば、論破しようがなくて当然です。

本当は「自分だけ」が投票しなくてもいいってことじゃない?

もしそうではなく、「自分以外の人が投票することで民意を反映する社会」を前提として、「自分だけが投票しなくても影響はない」という立場であるのならば、論点は

「投票に意味があるかどうか」

ではなく

「自分1人だけ行かなくていい理由の正当性」

になります。

だって、他の人も同じように考えて投票しないことを認めてしまうと、それら「投票しない人たち」の行動は、大きな影響力を発揮してしまいますから。

棄権や白紙投票は、1位当選する人の見せかけの支持率を大きく上げることになり、当選者は支持率の高さを理由に、政策の推進をします。

史上最低の投票率で圧勝した安倍政権は今その状態です。

民主主義のしくみは肯定して、「自分1人が投票しなくても何の影響もない」ことを立証するには、自分以外の人は投票している、という前提がどうしても必要です。

なぜ、「投票しなくてもいい1人」は自分であると言い切れるのか、そこのエビデンスをもう少し説明してもらえると、よりわかりやすく、共感されやすくなるのではないでしょうか。

“意味ない論”を支持する皆さん、いかがでしょう。

まさケロンのひとこと

白紙投票を利用した見せかけの支持率って嫌な感じだよね。
「投票に意味があるかどうか」で投票しない人の中には同じように感じる人も多いと思うんだ。
その1票、じっくり考えて使っていこう。

masakeron-happy


スポンサーリンク
Tweet about this on TwitterShare on FacebookShare on Google+

あなたにオススメの記事

筆者情報

すずき大和

調べもの大好き、文章書くことも人に説明することも好きなので、どんな仕事についても、気付くと情報のコーディネイトをする立場の仕事が回ってきました。好奇心とおせっかい心と、元来の細かい所が気になると追求してしまう性格をフルに発揮して、いろいろなジャンルのコラムを書いています。