食の豆知識

世界一のバウムクーヘン消費国日本!ユーハイムさんありがとう

バウムクーヘンを食べて幸せそうな顔の女の子
Written by すずき大和

2015年5月10日に、「世界一長いバウムクーヘン」のギネス記録が福岡県で更新されたそうです。

のべ880人がかりで、特注の30mの鉄棒に生地をぬりぬりしては炭火で焼くことを繰り返し、みごと長さ16.48mの世界記録を打ち立てました。

実は、バウムクーヘンのギネス記録は、この1年間で3回も更新されています。

半年前には京都で14.654m、昨年5月には岐阜県で11.51mの記録がギネス認定されていました。

ギネスの人も年3回も同じ記録で更新手続きその他お疲れ様です・・・・。

皆さんは、日本で今こんなに「世界一のバウムクーヘン」競争が流行ってる、って知っていましたか?

ていうか、バウムクーヘンてドイツの代表的なケーキのひとつだと思いますが、なんで日本人がこんなに熱くなってるわけ???

そこには意外と知られていない日本人とバウムクーヘンの親密な関係がありました。



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実は、ドイツではバウムクーヘンは身近なお菓子じゃない

ドイツ人は実はそんなにバウムクーヘンを食べていない

実は、バウムクーヘンが生まれた本場ドイツでは、日本ほどバウムクーヘンはポピュラーなお菓子ではありません。

パン作りが発展していたドイツでは、焼き菓子もかまどで焼くのが一般的でした。

わざわざ特殊な器具を設置して、普通のケーキの何倍もの手間をかけて、特殊な技術によって作るバウムクーヘンは、それ専門の職人さんしか作っておらず、どこのケーキ屋さんにもあるものではありません。

名前は知っているけれど、食べたことはまだ数回かなぁ・・・・という認識がドイツ人にとっての一般的バウムクーヘン観らしいです。

世界で一番バウムクーヘンを食べているのは日本人

近隣のヨーロッパ諸国にもほとんど知られておらず、こんなに定番のお菓子として食べられているのは、実は世界で日本だけ!なんだそうです。

どこのコンビニに行っても、駅の売店でも、必ずバウムクーヘンが置いてある日本は、ドイツ人の目にも特殊に映るようです。

ドイツ語版ウィキペディアの「バウムクーヘン」の記事の中にも、わざわざ日本での人気について言及されている部分があります。

In Japan, wohin er von dem deutschen Konditor Karl Joseph Wilhelm Juchheim gebracht wurde, ist der Baumkuchen (バウムクーヘン, Baumukūhen oder バームクーヘン, Bāmukūhen) eine der beliebtesten Backwaren uberhaupt und trotz seines relativ hohen Preises zumindest abgepackt in fast jedem Lebensmittelgeschaft erhaltlich.


・・・て、ドイツ語なんでさっぱり分かりませんね。

ネット記事の中に大ざっぱに訳している人の書きこみがありました。

「バウムクーヘンは、日本では、カール・ユーハイムによって持ち込まれたドイツ菓子。バウムクーヘンは、日本において最も有名かつ人気な焼き菓子の一つであり、比較的高価な価格であるにもかかわらず、あらゆる食料品店でパッケージングされたものを買うことができる」


てなことが書かれているそうです。

日本のバウムクーヘンの父、カール・ユーハイムさん

原爆ドームは日本のバウムクーヘン発祥の地だった!

「ユーハイム」といえば、言わずと知れた、元祖デパ地下名店街の常連、バウムクーヘンで有名なお菓子屋さんです。

ドイツのケーキ屋さんが日本に出店していると思っている人もいるかもしれませんが、日本の由緒あるメーカーです。

その設立者がカール・ユーハイムさんです。

ユーハイムさんは、ドイツの菓子職人で、第一次大戦時は当時ドイツ領だった青島にいました。

青島は1914年秋に連合軍だった日本に攻撃されて陥落、非戦闘員だったユーハイムさんも捕虜となって日本に連れてこられ収容所に入れられました。

1919年、収容所のあった広島県で、ドイツ人捕虜が作った作品の展示即売会を開催することになり、ユーハイムさんは得意なバウムクーヘンを作りました。

これが、日本で初めて作られ、販売されたバウムクーヘンでした。この時の展示会が開催された広島県物産陳列館とは、現在の原爆ドームの、あの建物です。

戦争に翻弄された時代、日本でバウムクーヘンを作り続ける

青島にいたユーハイムさんは、日本人の好みをよく知っていて、日本人の口に合うようにバウムクーヘンを作ってくれました。

バウムクーヘンはたちまち人気を集め、好調な売れ行きとなりました。

1918年捕虜が解放になった後も、ユーハイムさんは日本に残り、カフェの製菓部主任として勤務し、バウムクーヘンを焼き続けました。

その後、横浜に自分の店を開き、関東大震災で店が消失した後も、神戸に移って再び喫茶店「JUCHHEIM’S」を開きました。

何度も試練に逢いながら、菓子職人としての志を捨てず、ユーハイムさんは日本人に愛されるバウムクーヘンを焼き続けました。

しかし、第二次大戦下の厳しい情勢の中、ついに店の存続を断念することになり、ほどなく病に伏し、1945年8月14日、終戦の一日前に亡くなりました。

ユーハイムさんのバウムクーヘンは死なず

終戦後、ドイツ人だったユーハイムさんの妻や子ども一家は連合軍によってドイツに強制送還されます。

しかし、JUCHHEIN’Sで働いていたユーハイムさんの弟子の日本人職人らは、店の復興を目指して「ユーハイム商会(今の株式会社ユーハイム)」を設立しました。

1953年にはユーハイムさんの妻エリーゼさんがドイツから戻って会長・社長に就任し、日本で寿命をまっとうしました。

ユーハイム夫妻は今も芦屋にあるお墓で仲良くユーハイムのバウムクーヘンと日本人を見守っています。

今も引き継がれるユーハイムさんの心とバウムクーヘン

ユーハイム夫妻とその志を継ぐ職人さんたちにより、バウムクーヘンは日本で深く根を下ろし、日本全国つづ浦々、老若男女に長く愛されるポピュラーなお菓子になりました。

本場ドイツでは、直火の前で何層も生地を塗り重ねて焼いていくバウムクーヘン作りは、常に火を前にした作業ですから、体力の消耗も激しく、バウムクーヘン職人は早死にすると言われていました。

しかし、バウムクーヘンの美味しさにすっかり馴染んでいる日本人は、そんな大変なバウムクーヘン職人の魂も「粋」に思うのかもしれません。

最近は、アウトドアで、竹筒などをバーベキューコンロなどの炭火にかざしながらバウムクーヘンを作るイベントが市民まつりや子ども会などで行われることが増えています。

ギネス記録への挑戦もそんな市民交流イベントの流れの延長線上にあるようです。

福岡のギネス記録、本当は20.327mが目標だったのですが、製造途中で一部はがれてしまったのだそうです。

せっかく30mの特性鉄棒作ったことですし、もしかしたら、近々に再挑戦があるかもしれません。

はたまた、いずれか別の自治体から、新たな挑戦の手が上がるかもしれません。

ギネスの人にはお手間かけますが、日本のバウムクーヘン競争(バウムクーヘン愛?)は、もしかしたらまだ続く・・・・かな?

ユーハイムご夫妻は、どこかで笑って見てくれているのでしょうか。

まさケロンのひとこと

ユーハイムさんのがんばりを思い浮かべたら、バウムクーヘンがもっと美味しくなったよ!

masakeron-love


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筆者情報

すずき大和

調べもの大好き、文章書くことも人に説明することも好きなので、どんな仕事についても、気付くと情報のコーディネイトをする立場の仕事が回ってきました。好奇心とおせっかい心と、元来の細かい所が気になると追求してしまう性格をフルに発揮して、いろいろなジャンルのコラムを書いています。