離婚

離婚率が高い社会、低い社会。どっちが幸せ?

日本の夜景
Written by すずき大和

最近、若い友人が結婚1年たつかたたないか、という時期にスピード離婚しました。

大学時代に、趣味の活動を通して知り合って、傍目にもアツアツのお付き合いをして、恋人時代から互いに相手の実家で親と共に過ごす交流も繰り返していました。

社会人になっても堅実に愛を育み、絵に描いたような順調幸せな

「恵まれたカップル」

に見えていました。

周りの家族や友人全てから大祝福されながら結婚しましたが、恋人と夫婦は何かとっても違ったのかもしれません。



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上がり続ける離婚率は何を表わすのか?

離婚に関する統計

国は、毎年公表している人口動態統計のデータをもとに、国民の死亡、出生、婚姻、離婚などの複数種類のテーマに沿って様々な角度から分析を行い、定期的に統計結果の発表を行っています。

厚生労働省の公式HPを見ると、離婚統計は平成21年度のものが最新バージョンとして公開されています。


「離婚の年次推移」を見ると、戦後直後の混乱が落ち着き始めた頃の1950年(昭和25年)当時から、ほぼずっと右肩上がりで離婚件数は増加しています。

2015年1月発表の人口動態統計からの計算では、日本では結婚したカップルの3組に1組が離婚する、という結果が出ます。

何だかとても多いようにも感じますが、主要先進国の中ではまだ低いほうで、離婚先進国(?)のアメリカでは、2組に1組は離婚しているそうです。

概ね、経済や政治が安定して、中産階級の生活者が大半を締めるような社会では、離婚率は高い傾向が見られます。

日本が着実に離婚率をあげているということは、先進国として、社会が成熟してきていることのひとつの表れ、なのでしょうか。

なぜ結婚するのか?

離婚率が低かった時代はどんな社会?

戦後、国も人々も混乱し、貧しかった時代に比べ、物質的にはるかに豊かになった現在、離婚する人が増えている、ということは、何を意味しているのでしょう。

ひとつは

“結婚することの意味が昔とは違ってきている”

という点があるでしょう。

日本も世界も、身分や性別などによる差別が健在だった時代、結婚は当人たちの気持ちがどうのというより、社会的に求められる生き方の形の中に組み込まれていました。

例えば、戦前の日本では、女性は16歳くらいになると結婚して、子どもを産み育て、夫や夫の家族の世話をする役目を生涯まっとうしていくことを「当たり前な生き方」として求められました。

男性は、結婚して家庭をもち、自分が家長として家族を養う生き方ができて、初めてまっとうな一人前の大人になったと見なされる傾向がありました。

明治以降、それまで武家社会の価値観だった「家制度」の考え方が庶民にも求められるようになり、子ども(男の子)を得ることで「家を存続する」ことが、人として何にもまして最優先される義務のようにいわれてもいました。

戦後、社会が急激に変化しましたが、“家”も含めて人々の結婚観はそんなにすぐにはひっくり返らず、1960年当時はまだまだ自由な結婚観には至っていませんでした。

気持ちの繋がりを求める現代の結婚観

離婚率が低かった時代の結婚は、

“自分の幸せのため”に決めるだけでなく

“家や親や社会の秩序を保つため”の選択、

という意味合いがとても大切でした。

そういう時代は、結婚相手に求めるものも、役割を果たせるかどうかの「条件」が一番大事でした。

「愛」とか「フィーリング」も大事じゃないわけではなかったでしょうが、一般的には条件の整った相手と結婚することは「幸せ」だと、本人も周りも考える傾向がありました。

現在、家の存続の義務感や、生活の手段として結婚を選ぶ人は激減しています。

男女が平等になり、家制度がなくなり、「婚姻は両性の合意のみに基いて成立する(日本国憲法第24条)」ことになり・・・国民もだんだん自由と民主主義に慣れていきました。

そして、家のためでも社会の秩序のためでもなく、何よりも“自分のために”結婚という選択をする時代になっていったわけです。

“互いの精神的な繋がり”を重視して相手を選び、“信頼できる安定した人間関係の無期限継続”を願って結婚を決意する、

そういう価値観が広がりました。

今、経済的に安定して家族を養ってくれる夫であっても、ちゃんと子ども産んで家事育児をやってくれる妻であっても、

気持がすれ違うようになれば、幸せな結婚生活ではない

自分が幸せになれない結婚は、リセットしてやり直そう


と、考える人が多くなっています。そういう点が離婚率を大きく押し上げた一因です。

離婚しても幸せになれる社会か?

離婚することは社会の規範から逸脱すること?

社会が豊かになったことで離婚率が上がった、ということは、

“離婚してもちゃんと生きていける社会になった”

という事実も表わしています。

家存続の義務感が強かった時代は、普通の家族から逸脱する「離婚」という生き方を選ぶ人には、物凄く生きにくい世の中になっていました。

特に女性の場合、社会が「女性は結婚して誰かの扶養家族になる」形を基本としたしくみになっている部分が今よりも大きく、経済的に自立して生きることが、ずっとずっと大変でした。

本当は気持ちが離れて離婚したかったけれど、

“離婚すると被る不利益があまりに大きく、離婚できなかった”

そんな人がたくさんいたと思われます。

離婚しても人の価値が落ちるわけじゃない

今の離婚は、決して“社会の幸せ成功路線からの逸脱者”になることではなく、

“真の幸せのための前向きな一歩”

と捉える人がたくさんいます。

冒頭の話の離婚した友人も、周囲から否定的な評価で見られることはほとんどなく、新たな一歩を踏み出せたことで「良かったね」「頑張ってね」という温かい励ましの言葉をたくさんもらっていました。

別れた二人とも、もちろん傷ついて、失ったものもあるでしょうが、決して「キズモノ」になったように見る人はいませんでした。

結婚してもずっと気持ちが寄り添い合い、仲睦まじくずっと暮らせたら、それが一番いいことだと思います。

が、もし「間違った相手と結婚してしまった」と思ったら、ためらわずまた改めてやり直せる社会であることは、決して悪いことではないのではないでしょうか。

それができる社会は、離婚しても、結婚していなくても、ちゃんと生きていくことが可能な、多様性が受け入れられる社会です。

先進国の離婚率の高さの順位を見ていくと、アメリカのように個の尊重が重んじられ、多様性が許される社会ほど高く、伝統的な家族の役割が習慣として大事にされているイタリアなどは凄く低くなっています。

離婚率の高さは、もしかしたら、(それがいいことか悪いことかは置いておいて)自由で多様性のある社会のバロメーターになっているのかもしれません。

美しい国日本の結婚観・家族観はどこへ向かうのか?

日本の離婚件数と離婚率は、全体的に見ると戦後ずっと右肩上がりですが、実は、2002年をピークに、最近は微妙に減少傾向が見られます。

これは、丁度小泉自民党政権が安定して人気を得ていた時期に重なります。

小泉さんと安倍総理は、自民党の中でも特に「戦前の社会観」への回帰を強く掲げる人です。

家族の形の安定は、彼らの取り戻したい「美しい国日本」の象徴でもあります。

この15年程、自民党政権がやった政策により、社会の経済格差が広がり、離婚率は確実に低下しています。

これは、家族の相互扶助が強い戦前の社会が復活していることを表わしているのかどうかはわかりません。

家族を大事にする人が増えたのか、はたまた離婚したくてもできない人が増えたのか・・・・・

それは、社会にとっていいことなのでしょうか?

幸せな結婚の形ってどんなだと思いますか?

まさケロンのひとこと

離婚率が高くたっていいじゃない。「周りの目を気にする国」よりも、「みんなが幸せを感じる国」のほうがいいと思うんだ。

masakeron-love


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筆者情報

すずき大和

調べもの大好き、文章書くことも人に説明することも好きなので、どんな仕事についても、気付くと情報のコーディネイトをする立場の仕事が回ってきました。好奇心とおせっかい心と、元来の細かい所が気になると追求してしまう性格をフルに発揮して、いろいろなジャンルのコラムを書いています。