特撮やイベントで、着ぐるみ(スーツ)や顔まで覆う全身コスチュームを着る役者さん(正確にはスーツアクターといいます)は、誰がいいだしたのか、いつの頃からか
「中の人」
と呼ばれています。
では、「骨の人」って何でしょう?
今回は、特撮の魅力を支える顔の見えないアクターさんたちのお話です。ちょっと長いですが、ゆっくりお楽しみください。
日本の特撮の歴史と「中の人」
日本映画の歴史と共に始まった特撮
「特撮」とは
「特殊撮影技術」
の略で、現実社会ではありえないようなビジュアルの映像を作り出す撮影技術のことです。
英語ではSpecial Effectsといい、略して
「SFX」
と表記しています。
日本では、SFXを使った作品のことも「特撮」と呼んでいます。
近未来SFのようなハイテク表現だけでなく、身近で素朴な表現にも特撮は使われます。
- 1人の役者さんが二役して同じ画面に映っていることも、
- 人間の顔よりも大きな月が夜空に出ている背景も、
- クライマックスに照明が落ちて主人公だけスポットライトで浮かび上がる演出も、
特撮です。
映画創世記は、トリック撮影とか特殊効果などと呼ばれていました。
日本で初めて作られた映画は、明治時代、1898年制作の「化け地獄」「死人の蘇生」という特撮怪談作品でした。
特撮がヒーロー作品の総称になっていった時代
戦後、円谷プロ制作の「ゴジラ」(東宝)に代表される怪獣映画が大人気になると、ドラマのストーリーと並び、特撮技術を見せることそのものがウリとなるジャンルが確立され、それらの作品群のことを「特撮」と呼ぶことが定着します。
やがてテレビの時代に入り、数多くの“特撮ヒーロー”番組が大量生産されるようになります。
白黒放送の頃は、時代劇も含めコスプレのヒーローが悪人(人間)をやっつけていましたが、昭和40年代、ウルトラマンを皮切りに、
“変身するヒーローが怪獣や怪人など異形の生物と闘う作品”
が定番化していきます。
この頃から、怪獣映画や超常現象をテーマにした特撮作品などとは分けて、
「特撮ヒーローもの」
というジャンルがかっちりとカテゴライズされるようになります。
最近では、日本で「特撮」というともっぱらこの特撮ヒーロー作品の総称で、撮影技術はSFXと呼びわける人も多くなりました。
アクションアクター定番のお仕事「中の人」
特撮ヒーローは、アクション演技が必須です。
「新七色仮面」(1960年)の千葉真一さん、仮面ライダー(1971年)の藤岡弘、さんのように、昭和時代は、変身前の役をやる俳優さんもアクションができる人が起用されると、中の人も本人がやることが多くありました。
しかし、撮影中に藤岡さんが怪我をしたこともきっかけとなり、次第にオモテと中味は別の人がやるのが普通になっていきます。
初めの頃は、スーツアクターは専門職化していなかったので、まだ駆け出しの役者さんや、殺陣やアクションスタントを専門にやる人たちが入ることが多かったようです。
唐沢寿明さんが、東映特撮映画で「ライダーマン」の中の人をやっていた話は有名です。
やがて、千葉真一さんがアクション俳優・スタントマンを育成・輩出することを目的に作った
「ジャパン・アクション・クラブ(JAC)」
など、ヒーローものの中の人も含めたアクション俳優専門の養成所・派遣元となる会社が次々設立されます。そこから何人もが育っていきました。
そして「スーツアクター」という呼び名も、その専門性もだんだん知られるようになっていきます。
スーツアクターの職人としての誇り
スーツアクションは、イベントや遊園地の着ぐるみバイトとは違います。
顔の表情も言葉も発することなく、演技でキャラクターらしさを表現しなければいけません。
アクションはもちろん、一般の役者さんとは違う高度な演技力が必要です。
東映制作の「仮面ライダー」シリーズでは、特にスーツアクターの演技の非凡さがキャラクターの代えがたい個性と魅力を構築していると評されています。
昭和ライダーを演じた中屋敷鉄也さん、平成ライダーを演じている高岩成二さんの2人は
「ミスター仮面ライダー」
といわれ、スーツアクターファン、ライダーファンの間では神様のように慕われています。
今では、スーツアクターという職人技を極めることに目標と誇りをもつ人たちが、たくさんいます。
人気のアクターさんも多く、中の人であるにも関わらず、ネットに画像集のまとめ記事がたくさん出ている人もいます。
特撮ヒーローのスーツアクターは、今や裏方ではありません。
もう一人の主役扱いといえるくらいの評価と人気を得る時代になってきました。
デジタル時代に注目される顔の見えないアクターたち
デジタル技術を駆使したVFXがアナログSFXを凌駕?
円谷英二さんがご存命の頃、怪獣映画の特撮は、手づくりのアナログテクニック満載でした。
1980代以降、PCの普及に伴い、映像製作技術は物凄いスピードで、デジタル化の躍進を遂げます。
今では、CGのクオリティは実写と区別がつかないレベルの映像を作れるようになりました。
アナログ特撮技術はもはや必要なく、撮った映像をデジタル加工することで、特殊効果をいくらでも演出できるようになりました。
CG作成された恐竜やロボットや動物が、着ぐるみ演技や作り物を操作するよりも本物らしく自然に動いています。
空や宇宙を飛ぶのも自由自在、猛獣や恐竜と触れ合い、炎の中で戦うことも、人間以外のフォルムになることも、アナログ技術など一切使わずに作ることができるようになりました。
アバターでは、特殊メイクもなくキャストは異星人になることができました。
撮影後の加工によって特殊効果を作る技術は、英語では「VFX」と呼びます。
「視覚効果」
と訳されています。
映像制作の上では、SFXとはっきり区別されますが、日本ではどちらもまとめて特撮で通じます。
今の特撮は、ヒーローものに限らず、VFX花盛りです。
アメコミヒーローは中の人不要なのか?
日本の特撮ヒーローは、スーツアクター技で見せる作品として確立されていったので、ヒーローも悪役も、中の人が演じる形は文化として発展・保存されていくと思われます。
が、ハリウッド映画のヒーロー作品の多くでは、顔が出るものはコスプレですが、全身スーツアクションや人間じゃないフォルムの敵はほぼ100%CGが一般的です。
アメコミヒーロー大集合の「アベンジャーズ」を見ても、アイアンマンとハルクのアクション及びメカニカルな敵はほぼCGです。
参考:「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」(2015年)予告編
ゴジラも着ぐるみじゃないし、あちらではスーツアクターなどのアクションスタント専門職の価値があまり評価されていないのか、というと、実はそうではありません。(ちなみにスーツアクターは和製英語です。英語ではスーツパフォーマーといいます)
アイアンマンやハルクだけでなく、ゲームに出て来るCDキャラや、妖怪たいそうのような手書きアニメでも、最近のアニメーションの動きって、あまりにも実際の人間の動きとたがわないリアルな自然さだと感じたことはありませんか?
ドラクエが初めて3Dになった頃の動きは、あまりに機械的で不自然だったことを思うと、このなめらかさは驚異的進歩です。
実は、このリアルな動きのアニメーションには、中の人ならぬ
「骨の人」
の存在があるのです。
モーションキャプチャを支えるモーションアクター
リアルな動きをするアニメキャラたちは、実際の人間の動きそのものをコピーしています。
アニメの動画を作る前に、一度人間の役者が演じ、その動きをコンピューターに取り込んで、アニメに移植しています。
この技法は「モーションキャプチャ」と呼ばれます。
まず、役者が身体のあちこちにマーカーをつけて演技するのをカメラで撮影します。
マーカーの動きをコンピューターに取り込み、CGキャラの全身の動きに移植することで、複雑に連動する全身の動きをコピーするしくみです。
身体の動きだけでなく、顔の筋肉の動きも正確にコピーしてアップの表情を作ることもあります。
元の演技をする役者を
「モーションキャプチャーアクター」
または
「モーションアクター」
と呼んでいます。
スーツアクター同様、作品とキャラの魅力を左右する重要な職人仕事です。
画面に動きだけを取り込んだものを映し出すと、マーカーの点を線で結んだ動きの骨組みたいなものが動いていくため、日本では「骨の人」の呼び名がつきました。
アクターをウリにする方向で進んだアメリカ
映画作品の3D化をいち早く進めたハリウッドでは、モーションキャプチャの取り込みも積極的に進めました。モーションアクターに着目してウリにする方向も強く押しています。
21世紀に入ると、アニメなのに、主演ジョニー・ディップとか、ジム・キャリーとか、トム・ハンクスとか・・・・大々的に宣伝してヒットした作品が続きましたが、あれはみな、声の吹き替えだけでなく、スター俳優がモーションアクターをやっていたということです。
アイアンマンは、ロバート・ダウニー・Jrさんがそのまま演じています。
移植されるキャラは人間とは限りません。
「ホビット」のドラゴンをベネディクト・カンパーバッチさんが演じたことが話題になったのを覚えている人も多いでしょう。
参考:「ホビット竜に奪われた王国」(2013年)メイキング映像
「猿の惑星:新世紀(ライジング)」では、猿シーザーのモーションアクターだったアンディ・サーキスさんの演技力があまりに素晴らしくて絶賛され、顔の映らない骨の人でありながら、アカデミー助演男優賞にノミネートされました。
日本の骨の人はまだまだ影の人?
日本では、映画よりも先んじてゲームの制作でモーションキャプチャが急発展しました。
今もマーケットとしてはそちらが大きいです。
ゲームキャラのモーションアクターは、本当に名もなき影の人です。
ゲームメーカーからの発注を主に受けているのは、アクション俳優やスーツアクター経験者らが設立したモーションアクター養成・派遣会社です。
「ALWAYS三丁目の夕日」で高評価を得たように、日本のVFX技術は決して遅れてはいません。
3DCGもモーションキャプチャも、ゲームやアニメーション作品ではたくさん使われてきました。
しかし、スター役者さんらが、モーションアクターになかなか踏み入ってこない傾向があります。
ハリウッドスターが果敢にチャレンジしているのとは対照的です。
2013年、東映が、フルCG3D作品で、部分的でなく全編人物の演技にモーションキャプチャを導入した作品「キャプテンハーロック」を公開しました。
主演を含む主要キャストはは声優さんではなく、小栗旬、蒼井優ら、人気俳優さんの名前をあげて大々的に宣伝したので、すごく期待しました。
が、結局小栗旬らは吹き替えのみで、骨の人は、もと東映特撮ヒーロー番組に出た経験のある若い役者さんたちでした。
彼らの名は、クレジットには入っていましたが、主演!と宣伝されることはありませんでした。
参考:映画「キャプテンハーロック」予告編
これって、なんとなく、まだ“骨の人は裏方”感覚・・・と思わせるものがあります。
「骨の人」に敬意と愛情を
「キャプテンハーロック」は、作品としては良いものでしたが、結局あまり売れませんでした。
もし、小栗旬さんがモーションアクターやって、メイキングビデオとか発表していたら、もっと話題になったろうに、と、思うのですが・・・・。
もしかしたら、ギャラの問題なのかもしれませんが、「骨の人」が高く評価され、スーツアクターのように職人としてリスペクトされるきっかけになったかも知れない、と思うと、ちょっと残念です。
日本人の美意識は独特です。アメリカのようにより最新の技術に価値を見出すわけではない文化があるので、映画もアニメも、全部が全部3D化が目指されるとは思いませんが、モーションキャプチャの導入は、まだまだ発展・普及していくと思われます。
2014年の「寄生獣」では、寄生生物のCGにモーションキャプチャが使われ、阿部サダヲさんが演じたことが話題になりました。
阿部さんに続くメジャー俳優さんのトライが待たれます。
参考:映画「寄生獣」(2014年)公式サイト
特撮作品を愛してやまない人も、そうじゃない人も、モーションアクターさんたちが脚光を浴びる未来をどうぞ期待してあげてください。
がんばれ!骨の人!
「骨の人」には、俳優とか声優とはまた違ったベクトルの演技力が求められるよね。モーションキャプチャもまだまだこれからだし、やってみたいと思う人も多いはず。主演はきみだ!骨の人!