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AK-47は大量破壊兵器ではない!ミハイル・カラシニコフ氏の想い

Written by たき

カラシニコフ氏、死去

ミハイル・カラシニコフ氏が死去しました。

94歳でした。

カラシニコフ氏についてはどのような人物なのかよく分からない人も多いかもしれません。

彼はロシアの銃器設計者です。

彼のことは分からなくとも、彼が設計した銃に関してはニュースなどで見たことがあると思います。

AK-47

という名の自動小銃は旧共産圏の軍隊の標準的な装備でした。

そして現在でも第一線で使用されているものです。

紛争地域の映像などで木製の部品の付いた銃を見たことがあるでしょう。

あれがAK-47です。

カラシニコフ氏はその設計者として有名な人物です。



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AK-47はどのようにして開発されたか?

カラシニコフ氏は第2次世界大戦で戦車部隊に所属し、ナチスドイツ軍と戦いました。

負傷し病院で過ごしている間にサブマシンガンの設計を行い、それが認められ銃器設計者としての道を歩むことになります。

当時のナチスドイツ軍は歩兵に持たせている銃器の自動化を進めていました。

一発撃つごとに引き金を引くのではなく、引き金を引いている間は弾が続く限り連射できるという自動小銃を多く採用していました。

カラシニコフ氏は戦場でナチスドイツ軍の圧倒的な火力を眼にします。

彼は後にドイツ軍から祖国を守るため銃器設計の道に進んだと回想しています。

そして1946年の後にAK-47と呼ばれる銃を設計します。

この銃は

多少乱暴に扱っても壊れない

水に濡れようが砂まみれになろうが確実に動作する

とその堅実な作りが評判となり、旧ソ連を中心に旧共産国の軍隊に次々と正式自動小銃として採用されていきます。

話はそれますが、同時代アメリカを中心とした西側諸国はM-16という自動小銃を採用していました。

これも銃器ファンでなくとも一度は目にしたことがあると思います。

AK-47とは対照的に木製部品を一切使用せず未来的なフォルムを持った自動小銃です。

当時、AK-47と比較されることが多く、設計者のユージン・ストーナー氏とカラシニコフ氏は対談をしたこともあります。

大量破壊兵器と批判されるも本人は否定

AKー47はシンプルな構造が特徴で、また製造が容易なことから中国など多くの国でライセンス生産が行われました。

町工場程度の設備があれば簡単に生産出来てしまうためコピー品が多く出回り、テロリストやゲリラなどが使用していたため、「大量破壊兵器」と批判される事がありました。

カラシニコフはこの事実に心を痛めていて、

わたしはナチスドイツの脅威から祖国を守るために設計した。(紛争地域で使用されていることについて)大変残念でならない

と語っていました。

また日本の出版社が漫画雑誌のためにサインを貰おうとカラシニコフ氏を訪ねた際、少女が銃を持っている絵を見て、子供に銃を持たせてはいけないと批判したというエピソードも残っています。

まさケロンのひとこと

ミハイルさんは、自分の国を守ろうとしてAK-47を作ったんやけど、大量破壊兵器として使われて凄いショックやと思うわ・・・

masakeron-sorrow


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筆者情報

たき

TRENDRIPPLE(とれんどりっぷる)応援キャラクターの「まさケロン」になりたいと思っていますが、なれそうにありません。