早春

「早春の候」の使い方/時候の挨拶のタブーって難しい!?

Written by すずき大和

学校では教えてくれないけれど、成長の過程で周囲の大人社会とだんだん触れ合っていくうちに、なんとなく身に着けていくことって、案外多いものです。

人混みでのマナー、電車の乗り方、言葉の使い分け、他者への気遣いの仕方・・・・。

親に教えてもらうことだけでなく、知らないでやっていることを周囲の人に指摘されて学んでいくこともあります。

現代、「ゆとり世代」などと呼ばれるくらいの年代より下の人たちは、

「知らない大人と口をきいてはいけない」

といわれて育っています。彼らの多くは、大人になっても、買い物する時は無言、近所の人とも挨拶しない、というのが普通です。

大人とコミュニケーションをする機会がほとんどないまま社会人になる人が多い時代、かつてはなんとなく大人になるまでに覚えていたことが、今は知らなくて当たり前、という事例も増えました。

「手紙の書き方」
「挨拶の受け答えの常識」

なども、中高年者には一般常識だったでしょうが、30代以下の多くの人には、会社で教わる“ビジネスマナー”の一環、という認識が普通になっています。



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時候の挨拶はなぜ必要?

『○○の候』って何?

時候の挨拶とは、季節感のある話題を取り上げ、続いて相手の健康を気遣う言葉を添える挨拶文のことです。ビジネスに限らず手紙の書き出しのお約束です。

早春の時季なら、

  • 春の兆しが見えてきました。皆さま、お元気ですか。
  • 暦の上では春とはいえ、まだ寒さ厳しい折、お健やかにお過ごしのことと存じます。
  • 早春の候、貴社いよいよご清栄のこととお喜び申し上げます。

などが、一般的な例ですね。

“○○の候”の『候』は「こう」と読みます。

ちなみに候は文末につけると「そうろう」と読みます。時代劇の武士の手紙などで聞いたことありませんか?この字を付けることで、

「~ですね」

と丁寧に伝える意味を補完しています。

「早春の候」は、

“早春の季節になりましたね”

という挨拶です。

日本文化は季節にうるさい

いきなりこちらの都合で用件だけ伝えるのではなく、先に相手の様子を気遣ってから、報告や要望、意見を出す方が、相手も気持ちいいでしょう、という気遣い文化です。

季節の話に振るのは、

  • 相手のプライバシーに踏み込むことなく、共通の話題として使いやすい
  • 体調不良は気温や湿度の変化に左右されやすく、健康の話と直結する

という点から自然発生する話題といえます。

特に日本人の場合、自然を愛でる文化が色濃く、季節の変化に敏感で、表現する言葉も豊富にあります。いつでもタイムリーに対処できて、マンネリ化しにくい話題です。

時代の変化が時候の挨拶の決まりにも影響?

形式的に教わる人たちの感覚

ビジネスマナーは、マニュアル化して教えられることも多いです。時候の挨拶も意味や理由ではなく、パターン化されるので、形式としてのルールにこだわる人が時々います。

「○○の候」の表現についても、形式にこだわる故に、使い方の疑問が呈される例を目にすることが多くなりました。

1,使用期限はいつからいつ?

「○○の候」は、時季ごとの一覧が作られることが多いようです。



このように、月に区切って一覧にしている例は多く、前後の月に使う例を見て

「×月に『○○の候』を使うとおかしいのでは?」

という指摘や質問をよく見ます。

例えば、「早春の候」の場合、3月に入れる場合も2月に入れる場合も見られるため、

「どちらが本当は正しいのですか」

という質問も飛び出します。

が、季節感というのは単純に月割りで区切れるものではありません。

「早春の候」の場合は

“暦の上では春だけど、実際はまだ寒い季節”

を指しています。

暦の春は“立春”(2/4頃)以降のことです。まだ寒さが戻ってくる日があるうち、だいたい3月の上旬くらいまでは使います。3月でもポカポカと暖かいイメージの月末は、もう早春とはいいません。

月で区切って並べてあるのは、情報の便宜上のことです、ひとつひとつの言葉の意味をちゃんと咀嚼して使う必要があります。

2,ブログ記事に時候の挨拶はおかしい?

ブログの記事の頭に、「○○の候」をつけて時候の挨拶を書き込んだものも時々見かけます。それに対して

「『○○の候』は書簡(手紙)やメールの書き方ルールなので、ブログに書くのは変」

という指摘をしている人がいます。

時候の挨拶は、季節感がとても大事ですから、不特定多数に向けたネット記事は、読む人がいつ読むかわからないので合わない、というのも一理あります。

記事の内容が、物事の説明やイベントの紹介の場合、後からキーワード検索して訪れる人も多いものです。必要な情報以外の挨拶は、読む人の便宜を考えたらないほうがいいかもしれません。

が、エッセイに近いものや、繰り返し訪れている人が多いような場合は、毎日毎日の季節感が織り込まれることは余計ではなく、その部分を含めて筆者の言葉を楽しみながら読まれている、と思われます。日付がちゃんと入る記事は、挨拶があっても変ではありません。

形式より心

時候の挨拶は手紙のしきたりに限ったことではなく、日本人の思いやり文化のひとつの表れです。形式的に厳格になることより、心遣いが問われるものではないでしょうか。ビジネスマナーと思っていた人も、その辺は柔らかく対応してくださいね。

まさケロンのひとこと

「早春の候」っていう文字の並びだけで日本の魅力を感じさせてくれる不思議。

masakeron-love


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筆者情報

すずき大和

調べもの大好き、文章書くことも人に説明することも好きなので、どんな仕事についても、気付くと情報のコーディネイトをする立場の仕事が回ってきました。好奇心とおせっかい心と、元来の細かい所が気になると追求してしまう性格をフルに発揮して、いろいろなジャンルのコラムを書いています。