地上から1万メートル上空を飛んで移動する旅客機の中は、
- 気圧が低かったり、
- 座席が狭かったり、
- 乗り降りが混雑したり、
- 自由に振る舞うことに規制があったり、
- 文化の異なる他国の人の言動が気になったり、
- 時間どおりに運行されなかったり・・・
などなど、人をイラッとさせる条件が比較的多い環境といえます。
そういう機内でのイライラから、中にはついつい暴言や暴行の形で他の乗客や乗員に迷惑をかける困ったちゃんのお客さんもいます。
そんな実情について、2016年5月、アメリカの科学アカデミー系の出版物に、
「乗客が暴力的な言動をしてしまう原因は、ファーストクラスがあるからかもしれない」
と、指摘する論文が発表されました。
エア・レイジ 旅客機内でのイライラが生む事象
空中の怒り Air rage
航空機内で起きる「乗客の暴力的な言動によるトラブル」のことを
『エア・レイジ(Air rage)』
といいます。
日本ではまだそんなに馴染みのない言葉です。英語版ウィキペディアの「Air rage」のページをグーグルの自動翻訳にかけたら、
- 「旅客機内でのイライラ」
- 「空中の怒り」
という風に訳していました。
アームレストの奪い合いとか、相手のマナーが気に入らないなど、些末な原因で「乗客同士が争う事例」だけではなく、乗員の手に負えない振る舞いをする乗客の例も含まれます。
威圧的に理不尽なクレームを付ける、過剰に横柄な態度でわがままをいい、他のお客さんにも迷惑をかける、など、日本でいうところの「クレイマー」ですね。
不平等と反社会的行動
これまで、機内で人がイライラする原因は、冒頭にあげたようなことと捉えられてきました。しかし、カナダ・トロント大学のふたりの研究者、キャサリン・デセレス、マイケル・ノートンの両氏は、それだけではなく、
と考えました。
ふたりは、人間が反社会的な行動を引き起こす社会的な要因について研究している社会学者です。
「あまりにも明白な不平等は、暴力の原因になる可能性がある」という説を唱えています。
彼らは、ファーストクラスとエコノミークラスの乗客が同乗する航空機内でのエア・レイジの発生データを分析することで、
「人間は、不平等を直接目の当たりにすると、乱暴な振る舞いに駆り立てられる」
という仮説を実証しようとしました。
格差社会が、人を攻撃的に変える
貧しさや不平等を感じると、周りに当たる
調査によれば、ファーストクラスがある飛行機でエア・レイジが発生する確率は、ない飛行機の3.84倍になっていました。これは、運行に9.5時間の遅れが生じた時の、予定通りだった時と比べた増加率に等しいそうです。
エコノミークラスの人の発生については、搭乗の際、一度ファーストクラスを通ってエコノミークラスに乗り込む場合と、直接エコノミークラスに入った場合では、前者のほうが2.18倍も発生率が上がっていました。
デセレス氏は、
「人は、貧しさや不平等を感じると、イライラを行動に出す傾向が強まる」
と解説しています。
ファーストクラスの恵まれ具合を目にしてしまうと、エコノミークラスの己の切なさが身に染みて、「なんだかなぁ・・・」と殺伐としてしまうわけです。
自分の方が上だと感じると、高慢になる
それよりも、もっと顕著なのが、ファーストクラスの人の例です。
エコノミークラスの人がファーストクラスの区画を横切ってく機の場合、ファーストクラスでそれを目にする人たちのエア・レイジ発生率が、ファーストクラス専用の出入り口があってエコノミークラスの人と接触しない機の11.86倍に跳ね上がっていました。
デセレス氏は、こちらについては、
「社会的に高い地位にある人が、自分の地位を意識すると、反社会的で高慢な態度になり、思いやりが薄れる傾向がある」
と述べています。
今回の研究以前にも、物理的に豊かな立場の人たちが、より貧しい階層の人を上から見下ろすような状況に遭遇すると、不快な振る舞いを見せるようになる場合があることがわかっている、ともいっています。
人は、持ち上げられると「いい気になる」生き物のようです。
格差が人の心を荒廃させる社会でいいのか
日本は、バブル崩壊後の長い不景気の後、社会的弱者への福祉等が次々と切り捨て、切り詰められる政策がとられています。現政権の経済政策は、結果的に格差が広がる社会をもたらしています。
ここ10年ほど、
- 保育園が迷惑施設扱いされ
- マタニティハラスメントが社会問題化し
- 生活保護受給者へのバッシングが激しくなり
「自業自得」という言葉で、いわゆる負け組にくくられた人の救済に敵意が向けられる社会の風潮が強まってきているのを感じる人は、少なくありません。
欧米諸国での、難民や移民への風当たりが強くなっていることも、テロの影響だけではなく、社会の経済的な状況がひっ迫していることと深く関係しています。
20世紀、大きな二つの戦争を経て、国際社会は、高い理想と誇りを持って、平等で民主的な社会を未来に向かって築き続けていく決意をしました。格差に起因する憎悪や攻撃性が、人の本性の特性であるならば、私たちはリアリズムという名の昔返りをせざるを得ないのでしょうか・・・・。
旅客機のエア・レイジは、私たちに「炭鉱のカナリア」としての警告を発しているのかもしれません。
どっちが「偉い」とか、ばかばかしい!人が進化するときって、そういうのを気にしなくなったときなんじゃないかなーって思ってる。