赤ちゃんの名付けというのは、重要重大な問題です。
「きらきらネーム」が話題になることもありますが、最近また、比較的古風な名前の人気が回復しているそうです。
月の和名(旧暦の月名)というのも、季節感があり、名前に使われる例がよく見られます。「文月」「長月」などは、漢字だけ引用する場合が多いですが、「睦月」「弥生」「皐月」「葉月」などは、読みのまま女の子の名前になりやすいです。
10月=旧暦名「神無月(かんなづき)」は「かんな」でしょうか。
「かんな」ちゃんは、10月生まれ以外の赤ちゃんにも付けられる、ポピュラーな名前です。10月・11月(旧暦10月)に生まれる子の中には、必ず「かんな」ちゃんがいます。
神無月は神様がいなくなる月?
かんなちゃんは多いのに、神無ちゃんは少ない
かんなちゃんと名付けられる赤ちゃんはたくさんいますが、
- 「むつき」
- 「やよい」
- 「さつき」
などと比べ、月名の「神無」の字が使われるケースがとても少ないです。
同時に、他の字をあてるパターンが突出して多いことが、民間の生命保険会社などによる氏名調査データを見るとわかります。
例えば、
- 「むつき」と読む名前を検索すると、40件くらいの表記が出てきます。
- 「やよい」は20件くらい、
- 「さつき」は100件くらい
あります。
一方、「かんな」は150件以上出てきます。2010年代に入ってからのデータを見ると、
柑奈、環奈、柑杏、柑七、緩奈、栞奈、柑菜、栞那・・・・
などの表記が上位に入っています。「神無」は件数的に下位のほうです。
“神様がいない”なんて名前にするのはどうも・・・
「無」は“何もなし”という意味だと解釈すると、あまり未来に希望がないような、縁起のいいイメージがしないので、敬遠される、という傾向があるようです。
特に、「神無月」は、一般的に
“日本中の神様がいなくなってしまう月”
ということが知られているので、“神様がいない”なんて名前にするのは、親としては躊躇してしまうのでしょう。
正確には、日本中の神様が、出雲の国に集まるので、出雲以外の場所では神様は留守状態になる、といわれています。ちなみに、出雲の国だけは、10月を「神在月(かみありづき)」と呼ぶのだとか。
が、実はこの「神様がいなくなる」説は、言語学的にあまり根拠がない解釈で、後から作られた伝説であることが判明しています。が、それでも全国に広まり、定着してしまったものなのです。
神様はどこにもいかないらしい
民間語源
言葉の由来について、史実に基づく根拠がないものの、いつのまにかそんな風に民間伝承されてきてしまった説のことを
- 「民間語源」
- 「通俗語源」
- 「語源俗解(ごげんぞっかい)」
などと呼びます。検証された有力な反論があっても、定着してしまっている語源も多くあり、神無月が“神様がいなくなる月”という解釈も、完全な民間語源です。
日本は古代から八百万(やおよろず)の神の信仰をしてきました。世の中万物に神が宿っていると解釈され、各地の土着の神様は、それぞれの地に根差した信仰の形が育まれていました。
大元のひとつの宗教から分かれていったわけではなく、どの神様が上だとか下だとか、どこが元締めだとかはありませんでした。
時の権力に政治利用された神教
全国の神社を取り仕切る一番上の神社は、伊勢神宮ということになっています。なぜなら、古代に日本を武力で制定した最初の天皇は、伊勢神宮に祭られている
「天照大神(アマテラスオオミカミ)」の直系の子孫
というのが、この国の国造りの歴史として、最初の歴史書「古事記」に記録されたからです。アマテラスは、天を治める神でした。
以後、全国の土着の神々は伊勢神宮を頂点とする「神教」という宗教体系にからめとられていくことになります。時の権力者が、宗教統一を手段として、勢力を広げ、統治を盤石なものにしていくことは、世界の歴史の中で幾度となく行われてきた常套手段です。
古事記によれば、最初の神様が日本の国土を作った後、初めて地上に降りてきた神様はアマテラスの弟スサノオノミコトでした。
出雲大社には、その子孫「大国主大神(オオクニヌシノミコト)」が祭られています。実は日本に最初に国を作ったのはこのオオクニヌシでした。
アマテラスの子孫の神は、天を治めるだけでなく、オオクニヌシから地上の国も譲り受けようとします。代わりに、立派な出雲大社を作り、オオクニヌシが御祭神となるように約束しました。
出雲の神社が、年に一度全国の神様を集めて取り仕切り、一年のことを話し合う、というのは、中世以降、出雲大社が全国に広めた話です。
出雲大社は伊勢神宮と並ぶ、仏教でいう二大総本山という格付けの存在になりました。が、天皇家の神事一切を引き受けている伊勢神宮に比べ、箔のあるイベントに乏しく、年に一度の神無月・神在月伝説は、出雲大社のプライドとブランドを保つのに必要だったのでしょう。
戦後、日本の建国神話は史実と切り離されました。が、現政権は「戦後レジュームからの脱却」を目指しており、日本人は“忖度”大好きです。語源俗解は続きそうです。
が、神無月の語源は、「神の月」の意、というのが大方の見解です。決して神様はいなくならないし、縁起悪いことではないのです。神無ちゃんがいたら、そこは安心してくださいね。
神無ちゃんって、なんかもう名前だけで神々しい、大切にしたくなる。