街にカーネーションの広告が溢れる
母の日。
お母さんの日々の行いや家族への愛情を讃え、感謝を表す記念日は、世界の様々な文化・国に見られます。5月に母の日がある国が目立ちますが、異なる日程や習慣の国もたくさんあります。
カーネーションとセットの母の日
お母さんにプレゼントを贈ってお祝いする母の日が世界に急激に広まったのは、20世紀中盤以降です。アメリカでの盛りあがりが発端でした。カーネーションの習慣もアメリカ発ですが、そのまんま踏襲したのは、実は東アジアだけなんです。
《アメリカ》活動家の母を讃えた記念日が始まり
1907年5月、アンナ・ジャービスという女性が、南北戦争の時代に平和の人道活動をしていた亡き母の行いを記念して、教会で白いカーネーションを祭壇に捧げて追悼したことが起源とされています。
アンナの働きかけもありすぐに全米に普及し、1914年には正式に合衆国の祝日として、5月第二日曜が母の日と制定されました。
《日本》アメリカのブーム直輸入
大正時代、キリスト教の教会ではアメリカと時を同じくして母の日の行事を始めました。
戦時中は皇后の誕生日が母の日とされ、産めよ増やせよの国策の一環に利用されたりもしましたが、戦後、アメリカ式の母の日の習慣が商戦と共に一気に広まり一般化しました。
《韓国》儒教の影響強い「父母の日」
韓国の母の日は毎年
「5月8日」です。
朝鮮戦争以後、アメリカ式の母の日が取り入れられましたが、その後
という世論があって、1973年から「父母の日」となり現在に至ります。
親孝行を重要視する儒教の影響が強く、日本の比ではないくらい、この行事は大切にされています。
商戦も激しく、街中がカーネーション売り場と化すほどの勢いで盛り上がっています。
《中国》台湾を発端に広まり中
台湾でアメリカ式母の日が、戦後広まりました。5月第二日曜も同じです。
本当の母親以外にも、お世話になっている年上の女性にプレゼントを贈ったりもします。
クリスマスのようにケーキを家族揃って食べる習慣もあります。
21世紀に入り中国の経済発展が進んだ頃から内陸にも急激に浸透しました。
しかし、欧米由来の記念日を嫌い、孟子の母の誕生日を中国独自の母の日にしよう、と働きかけている人たちもいます。
この国だけのオリジナル母の日文化
最古の母の日の記録は
「古代ギリシャ」
と言われます。
多産の女神やゼウスの母を祝うイベントでした。
実は、ヨーロッパには19世紀以前から、母なるものを讃える何かのイベントがあちこちで行われた記録が残っています。
アメリカの母の日とは異なる発端をもち、独自の発展をした母の日が現在に至っている国をふたつご紹介します。
《イギリス》復活祭と連動しているマザリングサンデー
イギリスとアイルランドでは復活祭の3週間前の日曜が
母の日=マザリングサンデー
です。
中世の時代、神の母を崇める日、と、教会により定めらました。
17世紀に入り、若い娘が遠くへ奉公に出されることが多くなった時代、この日に里帰りが許され、娘たちはお土産を携えてみな母親に会いに故郷に帰りました。
これが母親に感謝をこめた贈り物をする母の日へ発展しました。
お土産としてよく焼かれた特別なパンやスイーツが、現在も母の日だけでなく四旬節(復活祭前の準備期間)の定番品となっています。
花が贈られることも多いですが、口語略が“mum(マム)”となる菊の人気が案外高いようです。
この菊の習慣はオーストラリアの母の日にも伝播しています。
《フランス》多産奨励政策から始まった母の日
- 19世紀初頭、戦争で人口が激減していたフランスでは、多産奨励策として、ナポレオンが母親を祝福する祭日を作りました。
- 20世紀初めには多産の母に勲章を贈るイベントとして母の日が制定されます。
- 第二次大戦後になり、ようやく全ての母親を祝福する母の日として、5月の最後の日曜日が公式な祝日となりました。
今では子どもが手作り工作の作品などをプレゼントして感謝を伝える日になっていますが、受勲の習慣もいまだ残っています。
カーネーションが世界ではとてもマイナーであったことは驚きですね。
母の日の記念日制定は、アメリカでの盛りあがりがきっかけとなって世界中に広まった流れはあります。
日程も5月第二日曜の国が一番多いのですが、その中身は、国境を接するカナダでさえアメリカ文化直輸入にはなっていないのです。
後半では、そんな国ごとの風情が繁栄された母の日の数々をご紹介します。
国それぞれの形が大事にされている母の日
ちょっと検索すると、
「母の日の起源はアメリカ」
と出てくることが多いです。
が、実は、母親に感謝と敬意を表する文化は世界中にあったけれど、「母の日」の法制定が進んだのはアメリカが流行らせたこと、というのが正しい表現であることが、だんだんわかってきました。
20世紀に相次いで母の日を定めていった国の多くが、祝福の形はアメリカ式にこだわらず、その国に合わせた習慣を作っています。
《エジプト》新聞のコラムから始まったという通説
アラブ諸国では大半の国が3月21日を母の日にしています。
ある日新聞のコラムで
と呼びかけしたのが始まりです。
母親は春のような存在ということで、春分の日が選ばれました。
そして他のアラブ諸国にも広まりました。
《ルーマニア》国際婦人デーがそのまま女性の日に
日本では
「母の日ありがとう」
が一般的ですが、
「母の日おめでとう」
の国も多いです。
自分の母親に感謝するだけでなく、世の母親の日々の仕事を讃えるニュアンスが大きい国は、自分の家族でなくとも子どものいる女性には皆
『おめでとう』
と言ったり言われたりしています。
ルーマニアでは男女の別なく誰もが、妻や恩師や同僚・・・
お世話になっている女性に感謝の気持ちを贈る女性の記念日が、母の日も兼ねています。
国際婦人デーにあたる3月8日がそのまま「女性の日」とされています。
《タイ》国民みんなの母 女王陛下の誕生日が母の日
タイでは1976年からシリキット女王の誕生日8月12日が「母の日」としてお祝いされています。女王陛下は国民みんなの母に等しい存在なのです。
女王に敬意を払い長寿を祈ると共に、自分の母に感謝をこめてジャスミンの花を贈ります。
慈悲の心を大事にする仏教国なので、僧侶への施しもお約束です。
《メキシコ》クリスマスの次に国中が盛り上がる日
毎年5月10日が母の日となるメキシコは、東の韓国と対するほど母の日の力の入れ方が熱心いです。貧困層が多く商戦は派手ではありませんが、町の賑わいは凄い勢いです。
1916年ユカタン地方で湧き上がった女性解放運動の結果1922年に「母の日」が定められました。
お母さんを大事にする意識が高い文化であると共に、女性が勝ち取った記念日であることも、思い入れに繋がるのかもしれません。
《カナダ》お母さんにはゆっくりからだを休めてほしい
母の日に家族みんなでレストランで食事をする習慣は多くの国であるようです。
アジアでは
「贅沢なご馳走をプレゼントする」
感覚が強いのですが、西洋では
「お母さんを家事から解放してあげたい」
という心遣いの部分がクローズアップされています。
特に未成年の子どもからのプレゼントは、「家事のお手伝い」を望む母親が多いそうです。
日本と同じ5月第二日曜が母の日のカナダでは、お父さんと子どもが作った朝食をベッドでのんびりしているお母さんのところまで、運んであげることから母の日が始まるそうです。
花やカード付きのブランチがベッドに届くって、素敵ですね。
母の日の成り立ちは奥深い!
他にもまだまだいろいろな母の日の国があります。
花も菊やジャスミンだけでなく、バラやアザレアなど国によって様々です。
それぞれの習慣にいろいろな歴史や由来があるのも面白いですね。
西洋ではカーネーションは聖母マリアの涙から生まれた花とされ、母性愛の象徴なので、もっと広く受け入れられそうな気もします。
しかし、1900年代初頭の時代は、まだまだアメリカがNo.1じゃない時代・・・・
列強から見たらアメリカは新参の国で、意地でも後追いしたくなかったのかな・・・
など、いろいろ想像してしまいます。
意外に奥深かった母の日なのでした。
各国によって、母の日の過ごし方とか、プレゼントとか結構違うもんなんやなぁ~
それに、結構深い話があんねんな!