豚は古くから家畜として飼われ、肉は食用とされてきました。
犬や馬と同じく、ずっと人間の身近にいて暮らしを支えてきてくれた動物です。
が、友だちやパートナーのように扱われることの多い犬や馬に比べると、食材の「豚」に対して人間社会が抱いているイメージは、あまりいい印象のものではないようです。
見かけが太っていたりドン臭かったり不美人だったりする人を揶揄する時や、貪欲で醜悪な性質の人を侮蔑する呼び方として「ブタ」が使われます。
性的にふしだらな女性を「メスブタ」と罵るのは洋の東西で共通しています。
そんな、なんとなく見下された扱いが多い豚ですが、6年ほど前、外国の動物研究誌に、豚は複雑な認知処理能力を持った動物である、という論文が発表されました。
それによると、豚は鏡に映る自分の姿を自分だと認識できる、数少ない動物かもしれないのだそうです。
鏡に映る姿が自分だと気付くことは凄く高度なこと
鏡像認知[きょうぞうにんち]って?
鏡に映った自分の姿を見て、「自分が映っている」とわかることを専門的な言葉で
鏡像認知[きょうぞうにんち]
といいます。
これは、人間ならみな当り前にわかることのように思っていますが、実はとても高度な認知能力なんだそうです。
生後半年未満の赤ちゃんにはまだこの能力がなく、脳の発達に伴って1歳前後の頃から初めてわかるようになるといわれています。
普段自分の目には見えない自分の姿を認識する、ということは、自分というものが他の目に見える物や生き物と同じように存在している状態を、客観的に知っている・理解できることであると考えられます。
こういう感覚のことを「自己認識ができる」といいます。
鏡像認知ができることは「自己鏡映像認知意識がある」とも言えます。
動物は認知しているかどうか、どうやって調べる?
人間以外の動物が、この鏡像認知をできるかどうかを調べるのは、簡単ではありません。
動物に説明してもらうことはできないので、いろいろなテストをして、動物の反応から認知しているかどうか判断する、という方法が行われてきました。
1970年代に考案された方法は、「マークテスト」といわれるもので、動物に気付かれないように、からだの直接見えにくい場所に印をつけ、鏡の前に連れていきます。
鏡を見た動物が、マークを触ろうとしたり取り除こうとするなど“マークが自分に付いていることを前提とした行動”をとるかどうかを見て判断するテストです。
認知できるのは、賢い動物だけ
20世紀の頃は、このテストで認知が確認できた動物は、チンパンジーなどの霊長類とイルカやシャチ、そしてゾウだけでした。
同じ猿でもニホン猿など小型のものは、鏡の中の猿に付いているマークが、自分のからだのものだと気付いているかどうかは確認できませんでした。
このことから、ヒトに近い高い知能を持った動物でなければ、鏡像認知はできないのではないか、と考えられました。
豚も自己鏡映像認知ができる動物かもしれない
鏡の前で自分の姿をいろいろ確認するカササギ
ところが、2008年、カラスの仲間のカササギという鳥が、このマークテストで鏡像認知する様子を記録した映像が発表されました。
人間の研究では、自己認知能力には脳の中の「大脳新皮質」が関わっているとされていましたが、鳥類の脳にはこの大脳新皮質がありません。
カササギは鳥の中では大きな脳を持っているので、哺乳類とは異なる進化で認知能力を身につけた可能性があると考えられました。
特殊な知能訓練を受けているヨウム(オウムの一種)の実験でも、このマークテストを通ったという発表がありました。
マークテストには反応しなかった豚
豚はこのマークテストでは、自分のからだに付けられたマークに対して何の反応もしませんでした。
しかし、2009年、鏡には映っているが、自分からは見えない所にある餌を見つけられるかどうか、という実験を行ったところ、鏡に5時間慣れさせた豚8頭のうち7頭が、鏡を見た後に餌の場所に直行できた、という結果が発表されました。
これは、豚は鏡像のしくみを理解できたことの証明であり、当然、鏡に映る自分の姿も自己認識できているのではないかと考えられるようになりました。
もしかしたら、もっとたくさん認知できる動物がいる?
豚はなぜマークテストでは反応しなかったのか?
ではなぜ、豚はマークテストではからだのマークに無反応だったのでしょう?
これについては、
と解釈されています。
他にも鏡像認知できる動物がいるかも・・・・
そうなると、マークテストの反応だけでは、鏡像認知できているかどうかの判断ができないのではないか、という疑問も出てきました。
その後、小型猿の実験でも、マークは気にしていないが、鏡像認知しているのではないか、と思われる状況が観察された、という発表もありました。
最近では、マークテストの結果と認知の可否については、再考する動きも出ています。
一部では、イカも鏡像認知できるのでは、と思わせる実験が発表されました。
もしかしたら、他にもたくさんの動物が「鏡に映っている」という状況を理解できていて、今後も認知の確認される動物が増えていく可能性はあります。
豚は果たして賢いのか否か?
鏡の仕組みの認識は自己認識の証明なのか?
更に、最近では、そもそも鏡に映るものと実物の対比ができることが自己意識の証明かどうかについても、異論が出てきています。
鏡の性質を理解して餌を見つけられる豚は、鏡に映っている世界と実際の世界の関係は理解できていると言えますが、鏡に映る自分の姿を自分だと認識しているかどうかはわからない、と考える人も出てきました。
それでも豚はお利口さん
自己認識できることは、確かに高度な知能があることの表れです。
豚が本当に鏡像認知しているのかどうかはわかりませんが、鏡を使って餌を探すということも、知能が低ければできないことです。
5時間鏡に慣れさせる実験中、豚はいろいろ角度を変えながら、鏡に映る自分の姿を眺めた、と伝えられています。
やっぱり、自分で自分の姿を自覚していたと考えてもよさそうです。
何にしても、実際の豚はそこそこお利口さんの動物のようです。
学者によっては、
犬よりも知能が高い
と考えている人もいるそうです。
ことわざや慣用句に出て来る豚は、愚鈍なイメージの人を例えるものもありますが、本物の豚さんたちは家畜界のインテリかもしれません。
もうちょっとリスペクトしてあげないといけないかな・・・・。
「豚に真珠」ってことわざがあるけど、豚は真珠の価値を理解してるのかもしれないよ〜。