2月11日は「建国記念の日」という祝日です。
日本の祝日には、なぜ祝日なのか、何を祝う日なのかよくわかりにくい記念日が多いのですが、この「建国記念の日」も、その意味をちゃんと説明できる人はあまり多くありません。
小学校の時、勤労感謝の日や憲法記念日などについては、先生が「明日は○○○をする日です」などの説明をしてくれて、関連したイベントや学習をすることもありましたが、「建国記念の日」のイベントの記憶はない人が多いです。
とりあえず、外国の人や子どもに、「どうして今日は祝日?」「何をする日?」と聞かれた時に、一応ちゃんと説明できるくらいの知識は押さえておきたいなぁ・・・という人のために、簡単解説をまとめてみました。
日本の国の始まりの日はいつ?
世界の建国記念日
「建国記念の日」の英訳は National Foundation Day[ナショナル・ファウンデイション・デイ]となります。
これを日本語に直訳すると「建国記念日」となり、世界の多くの国についてこの単語を使うと、ほぼ例外なく「(現在の)国が始まった日」の意味になります。
植民地などかつて大国の勢力下にあった経験をもつ地域では、その支配から独立して自治権を持つ国としてスタートした日(独立記念日)にあたる場合が多いです。
オーストラリアではヨーロッパからの移民が上陸した日、フランスやイラン・エジプトなど大きな近代革命があった国では革命記念日、ノルウェーでは現憲法が制定された日が建国記念日のように扱われています。
日本は、実際の国が始まった日ではない
しかし、日本に限っては、歴史的な事実に基づく国家の始まりではなく、「神話による始まりの日」がNational Foundation Dayとされています。
これは世界の他の国ではあまり例がありません(韓国にも神話の建国の日を祝う日がありますが、別に第二次世界大戦の終了にあたって日本の支配から開放された日をナショナルデイとして定めています)。
そのため、英語(他の外国語の場合も同じですが)で説明する場合、ちょっとややこしくなることもあります。
日本国内でも、建国記念の日を制定する際の議論では、憲法記念日やサンフランシスコ講和条約発効の日、聖徳太子の十七条憲法発布の日など、歴史的に国家の体制が定まったとされる日にしよう、という意見もありました。
本音は紀元節の復活?
しかし、もともと「建国記念日」を制定したいと欲した人たち(政治家も国民も)の多くが希望していたのは、戦前の「紀元節」を復活することであったため、結果的に紀元節と同じ日が選ばれました。
明治憲法下の社会では、天皇は神様だったので、天皇家の創始神話(日本書紀)に基づく初代の天皇が即位したとする日が建国記念日として祝われていました。
それが紀元節です。敗戦によって、社会のしくみが大きく変わることになり、天皇も神様から人間になりました。
そして、紀元節の祝日も廃止になりました。が、新しく平和国家として日本が生まれ変わるためにも、国のアイデンティティの根幹となる「国の創設を祝う日」を求める人々が大勢いたのです。
建国されたことを祝う日
神話に基づく皇紀
日本書紀にある初代天皇、神武天皇は、日本国の創設神話によれば、最初に国を作った神様イザナギ・イザナミから続く直接の子孫ということになっています。
日本書紀の中では、その即位の年月日について、中国から伝わった干支(十干十二支)による表記で書かれていました。
しかし、60で一周する干支の表記だけでは、それが実際どれくらい前なのかは具体的にはわかりませんでした。
江戸時代、日本独自の暦を作った渋川春海という人が、神話の記述に見られる出来事の時間を足していく形で計算したところ紀元前660年が神武天皇即位の年となり、以後それが定着しました。
明治になって太陽暦に改暦された時、この年を始まりとする紀元年表記で年を表わすことが決まりました。
この紀元のことを「皇紀」と言います。明治憲法下の時代は、「紀元○○○○年」というと、西暦ではなく皇紀を表わすのが一般的でした。
考古学・歴史学的には実在不明な神話の時代
実際考古学など科学的に証明できる最古の王朝の存在は3世紀前後までしか確認されていません。
具体的には応神天皇以前の実在性は不明確であるため、現在では神武天皇はあくまでも神話の中の人物として扱われています。
しかし、天皇が神様だった時代は、日本書紀も古事記も神話ではなく歴史書とされ、学校で教える国定歴史教科書も全て皇紀で記されていました。
大正時代の歴史学者の中には、日本書紀は編さん当時に政権を握っていた皇室が日本の統治について正当性を持たせるために作った神話が含まれた書として理解すべきだ、と断じた人もいましたが、当時は認められませんでした。
建国記念の日は建国記念日にあらず?
紀元前660年頃の日本は縄文時代から弥生時代に移行する頃です。王朝が国を治めるような形の社会にはとても至っていません。
神武天皇は実在の人物ではない、というのが戦後の見解です。そのため、建国記念日を紀元節の日に制定しようという動きに反対する学者や政治家や一般人も少なからずいました。
法律として制定するにあたっては、保守と革新の政党間での賛否の対立も起きました。
しかし、世論の半分近くの人が紀元節の日を望んでいたこともあり、最終的には「建国記念の日」と“の”を入れることによって、
のではなく
というニュアンスにすることで折り合いを付けました。
しかし、国家行事として何か行うことはなく、実際は神社仏閣で建国祭などの祭が行われている(神武天皇は神様の子孫ですから)に留まっています。
そんな経過の末に、“National Foundation Day だけれど建国記念日ではない「建国記念の日」”という、外国人に説明するにはややこしい祝日になったわけです。
2~3世紀ごろに実在したと言われる「邪馬台国」の場所も、未だに確認することができず、日本の正確な起源はまだまだわかっていないことだらけです。
世界的には特異ですが、捉えようによっては、神話に基づくからこそ、神秘と浪漫と未来の真相解明に心踊る祝日、と思えなくもありません。
まあ、外国でも聖書に基づく日が祝日になっている国が少なくないですし、人間の社会というものは、科学的な思考だけで簡単に割り切って回していけるものではない、ということは言えそうです。
「建国記念日」じゃなくて「建国記念の日」!
間違えてる人多そうだから、教えてあげよう!