「日本人は働き過ぎ!」
なんてことは、昭和の景気が右肩上がりだった時代からずっといわれてきました。今では、「過労死 Karoshi」は、世界にも通じる日本語です。
もう30年以上も、国は長時間労働の問題を解決しようといろいろ対策してきたはずなのに、未だにちっとも改善されていません。この間、国連からも繰り返し是正勧告を受けています。
なぜ日本人の長時間労働は無くならないんでしょう?
2016年3月、政府の政策シンクタンクの研究所が、
“労働時間が長くなるほど仕事の満足度が上がる”
という研究結果を発表しました。
長時間労働が止められないのは、ブラックな企業環境が一番の原因ですが、労働者側にもワーカホリック状態に陥りやすい気がある、ということなんでしょうか?
仕事満足度と労働時間とメンタルヘルスの関係
長い時間働くほど、仕事の満足度は高くなる
この研究では、4年間対象者を追跡調査し、
- 労働時間の長さ
- 仕事満足度
- メンタルヘルス
がどのような関係にあるかを検証しています。
「仕事満足度」というのは、金銭報酬以外に、仕事から得られる“何かいいこと”がどれくらいあるか、ということです。
- 仕事をやり遂げた「達成感」
- 自分には課題を成し遂げる能力がある、と思える「自己効力感」
- 職場に必要とされている、という「自尊心」
などを感じたかどうかを調べて数値化しました。
いろいろな条件を一定にして、純粋に労働時間と満足度の関係を表したのが、下記のグラフです。週55時間を超えるくらいの所から、労働時間が長くなるほど満足度が上がっていく様子がわかります。
人は、より時間を費やすほど、自分が何かやれた気になってくるようです。
メンタルヘルスは、労働時間が長くなるほど悪くなる
この調査では、ストレスが溜まることで表れる自覚症状についても調べています。結果、
“メンタルヘルスは、労働時間が長くなるほどに悪化する”
傾向が明確に表れました。このことは、同じ研究者が、2001年以降ずっと研究しているこれまでの調査からも指摘されていました。
メンタルヘルスの悪化は、当の労働者の多くも自覚していると思われます。
が、ある程度労働時間の自由裁量が利く管理職や経営者の場合、ガッツリ仕事を進めることで得られる満足感のほうを、健康よりもつい優先してしまう結果、自ら長時間労働にのめり込んでしまう人が多い、と、研究者は分析しています。
からだや心は「もう苦しいよ~」と音をあげているのに、意識のほうが甘く見て、目先の満足感に酔ってしまうのです。やがて限界を超えたからだや心は、脳や心臓の病気や、うつ病を発症し、ダメージが大きすぎる場合は、「過労死」「過労自殺」に至ります。
病気になる危険性を知りながら、長時間働こうとする理由
オーバーコンフィデンスとバイアス
過労死や過労自殺の実例がこんなに世の中に溢れているのに、予兆のサインを甘く見て長時間労働をしてしまう人が多いのはなぜでしょう。
研究者は、これは、人の心理が
- 「自分だけは大丈夫!」と根拠なく自信過剰になってしまう
- 今の満足感のある状態が「これから先もずっとこのまま」と思いこむ
という特徴を持っているためだと分析しています。
「行動経済学」という学問分野では、
- 自信過剰のことを「オーバーコンフィデンス」
- 思い込みのことを「バイアス」
と呼んでいます。
自信過剰な思い込みがあるから人は前に進める
行動経済学というのは、人がどんな状況でどんな行動を選択し、どんな結果を招くのかを科学的に研究する学問です。経済を考える時、オーバーコンフィデンスとバイアスは、投資家を動かし、経済を活性化させるためにはとても必要な要素であると捉えられています。
株取引等の世界では、必ず損をする部分があるから、一方で儲けを生むことができます。投資をすれば、損する確率が半分はあるはずなのに、売買の選択をする人は皆
「自分は損する側ではなく、得するほうを選んでいる」
つもりで投資します。それは自信過剰な思い込みがなければできません。
もしみんなが慎重で、失敗する確率を重視して、極端に謙虚になってしまったら、誰も株を買わなくなってしまいます。売買がなくなったら、株の値は暴落するし、手数料で成り立っている証券会社は立ち行かなくなります。売買代行とアドバイスで対価をもらうファンド会社は、仕事がなくなります。
自信過剰な思い込みを否定したら、新規事業始める企業家もいなくなるし、男女間の恋愛も全員草食系になって、カップリングまでたどり着く人はいなくなるかもしれません。
失敗を恐れず、自分を信じて一歩踏み出す自信過剰な人がいたことが、新たな発見や進歩につながり、人間の文明は発展してきたともいえます。
満足度が高いことは幸せなのか
そんな社会の起動力ともいえる「自信過剰な思い込み」ですが、働き過ぎの助長効果もあったのです。
研究者は、
- 働く人の裁量に任せすぎると働き過ぎになるので、法律などの歯止めが必要
- 仕事満足度が高いからといって、ストレスがないと判断するのは危険
と国と雇用者に訴えています。
働く私たちは、仕事にやりがいを感じてノリノリになっている時ほど、自分のストレス症状に敏感になって、働く時間をセーブしましょう。
その仕事の満足感は、本当に人生を幸福にするものですか?
心の声を真摯に聞いてみることが大切です。
あんまりしっかり考えちゃうとツラくなってくる場合があるんだよね。それで考えないでがむしゃらに働いてる人ってけっこう多いと思うんだ。でもずっとそれじゃダメだってことだよね。