「人は、死んでしまうと、その後どうなるのか?」
これは、たぶん太古の昔から、みんな知りたいと思っていたことでしょう。
魂とか霊魂とかの話は、宗教や超常現象の専門家に任せるとして、物理的に「残されたからだはどうなっていくか」について、最近、アメリカの研究者らのチームから、ちょっと驚く事実が発表されました。
死んでもからだの中の細胞はまだ生きている?
心臓が止まっても、すぐに体中の細胞が死ぬわけじゃない
人間を含め動物は、心臓と脳の活動が止まってしまうと、体中の細胞もやがて死んでしまい、放って置けば土に還ります。しかし、大元電源を切ると同時に全機能オフしてしまう機械のように、身体中の細胞が、心臓死と共に瞬時に全部死んでしまうわけではありません。
心臓が止まると、細胞に酸素や栄養を送る血液の循環がストップし、細胞は時間と共にだんだん死に至ります。が、死後すぐ取り出して低温保存すると、しばらくは生きている時の状態を保ちます。だから、臓器や皮膚や角膜などを自分や他人に移植する医療が可能なのです。
すぐに死なない遺伝子、死んでから元気になる遺伝子の発見
細胞の中の遺伝子ひとつひとつも、すぐに死んでしまうのではなく、時間と共にだんだん活動停止していくものと思われていました。が、しかし、生物の体は、そんな風にだんだんフェードアウトするように死んでいくわけではないらしい、ということを示唆する研究結果が発表されました。
2016年6月、アメリカ・ワシントン大の研究者「ピーターノーブル」氏、「アレックス・ポジトコフ」氏ら7人によるチームが、死んだマウスとゼブラフィッシュの脳と肝臓を調べたところ、細胞の中の遺伝子の多くは、時間と共に活動が弱まり、動かなくなっていきましたが、そうではない遺伝子も少なからずあることがわかりました。
死後の細胞を観察し、遺伝子の活動を意味する物質の発生を測定した所、
“死後も活動が活発なまま変わらなかった遺伝子”
“死んだ後に活発に働き始める遺伝子”
が、マウスにもゼブラフィッシュにも500個以上ありました。
死後“目覚めた”遺伝子の中には、
- 胎児の発達に関係し、生まれるとすぐ活動停止していた遺伝子
- ガンの発生・進展に関係する遺伝子
が含まれていることもわかりました。これらの遺伝子は死後24時間後ぐらいが活動のピークとなり、その後、徐々に弱まります。だいたい48時間後くらいまでは活動を続ける様子が確認されました。
死後元気になる細胞がある、ということの意味
遺伝子の働きが活発ということは、細胞も十分に機能させられる可能性が高いということです。
生き物は、細胞が傷つけば修復しようとする機能が働きますが、心臓死の直後、細胞も死にかけ始めると、
“弱っていく細胞をなんとか再び生き返らせようとする強い力が働き、胎児を発育させる役目を負っていた遺伝子を目覚めさせるのではないか”
と、研究者は分析しています。
がん細胞もまた、通常の細胞よりも強い増殖力を見せるものが多いことが、がんに関わる遺伝子の活性化に関係しているかもしれません。
人間の遺体での観察はまだ行われていませんが、今回の発表では、人の遺伝子にも同じような作用がある可能性が高いことが示唆されています。
そうなると、死後の遺伝子の活性化や、死んでいくプロセスの解明が、医療や犯罪捜査などの技術の発展につながっていく可能性も高いでしょう。
まだ元気に活動する遺伝子にアプローチするとどうなる?
「死」の解明が進むのか?
ノーブル氏らは、この研究発表を、生命科学情報サービスのオンラインサイトで行いました。
- 「細胞の中の遺伝子の活性化状況を調べれば、正確な死亡推定時刻が割り出せる」とか、
- 「臓器移植を受けた人のがん発生率が高くなる理由の解明ができる」とか・・・
そんな方向で、この遺伝子の解明が役に立つことが考えられています。
もしかしたら、更に踏み込んで、
「脳や心臓の細胞の中の活発な部分に、何らかの医学的アプローチを加えることで、脳や心臓が再び蘇るのでないか?」
なんてことを考える人も出て来るかもしれません。
それは、移植医療を後押しすることに役立つだけではなく、
「人の死というものをどこで判断するのか?」
という根本にも関わってくる問題になるでしょう。
医療は、神の領域に踏み込むのか?
SF小説や映画の世界では、死んでしまった人間を科学や呪いの力で蘇らせた人は、不幸なことに見舞われるのが定石です。たいていは、蘇った者は既に“別の何か”になってしまっており、人類の脅威となります。
古くは「フランケン・シュタイン」とか、
スティーブン・キングの「ペット・セメタリー」とか、
最近では、2016年の「ラザロ・エフェクト」とか・・・
「死によって魂は次の世界へ移る」という宗教概念は世界中にあります。
肉体が死んで、魂が抜けだした後のからだを強引に蘇らせる科学の行使は、
「人間が神の領域に踏み込むこと」
という感覚がある人が多いのでしょうね、たぶん。
生殖医療のほうでは、既に「神の領域」という倫理問題が具体化していますが、「遺伝子の死のプロセスの解明」により、いつか遠くない未来に社会の「死生観」が大きく問い直される日が来るかもしれません。
心臓が止まっても脳が止まっても「生きている」んだとしたら、「死」ってなんなのかな~。