早いもので、もう7月になりました!
京都祇園では、
祇園祭
の真っ最中です。
ハイライトの
山鉾巡行
に向け、山鉾の組立てが昨日から始まり、鉾町にはとりどりの山鉾が、日一日と組みあがっているところです。
祇園祭の山鉾は概ね縦長のやぐら型で、「鉾」は中心に真木(しんぎ)と呼ばれる柱が高くそびえ立っています。
組立て作業も祭の一環として、きちんと決められた手順と日程で進められ、町の人たちに披露しているというのは、とても珍しいですね。
平安時代から続く祇園祭の山鉾巡行は、その後日本各地で生まれていった山車や曳山を曳き回す形のお祭の元にもなっています。
山鉾は厄除け、病気除け
山鉾の曳き回しにこめられた意味
祇園祭の始まりは、
でした。
当時の国の数と同じ66の矛を立てて、それぞれにその国の悪疫を封じ込める儀式を行い、
牛頭天皇
を祀った神輿渡御と共に祟りを払いました。
その後も疫病の度に行われていましたが、100年程後には毎年の年中行事なりました。
三基の神輿渡御が神事のメインですが、矛の疫病封じの厄除け祈願も毎年定番のものとなりました。
町ごとに山鉾の独創性を競いあうように
時代が進むにつれ、官主導だった宗教儀式から、町衆が積極的に関わる祭に変化していきます。
矛は真木に変わり、それを立てた可動式のやぐらが作られ「鉾」になります。
だんだん大型化して、お囃子方や稚児(神の力を宿した子ども)を乗せるようになっていきました。
真木の代わりに御神体を乗せたり、松の木を飾ったりする小さな担ぎ式のやぐら(山)も加わり、今のような巡行の形が出来上がっていきました。
町ごとに作られる山鉾は、互いに自主性や独創性を競い合うようになり、どんどん豪華で華美な装飾が施されていきました。
山鉾の特徴いろいろ
ひとつひとつに無病息災の祈りがこもる職人技
悪霊封じから始まった山鉾ですから、今もひとつひとつに何かの依り代(神が宿るもの)を乗せ、人々の無病息災を祈る気持ちが込められています。
その組立ての過程も実に厳粛です。
巨大な山鉾の組立てには、釘を使わず木と縄だけで形を組んで行きます。
こうすることで外れにくくなり、移動の衝撃も吸収されるそうです。
これは
縄がらみ
という伝統の技法で、縄を網のように編んでいく手順などの細かいことまで決まりがあります。
工事する作業員たちも、緊張感が漂っていますが、手慣れた様子で進められる縄がらみの光景は、やはり見物するに値する職人技です。
形によって5種類に分類
真木の柱があって直径2mもの大きな車輪が付いているのが「鉾」です。
大きいものは最大総重量12tにもなり、真木の先端まで20mくらいあります。
昔は全てに男の子の稚児が乗りましたが、今は先頭の長刀鉾だけに子どもの稚児(生稚児と言います)が乗り、他は人形の稚児になりました。
同じように人形などのご神体を乗せて人が担ぐ形になっている
舁山(かきやま)
は、昨今では担ぎ手の人手不足により、小さな補助車輪をつけて鉾のように曳かれています。
舁山と同じような作りですが、鉾のように車がついて曳く形のものは
曳山(ひきやま)
傘の形の「傘鉾」は、乗り物がなく稚児や囃子方は歩きます。
前祭と後祭、全て合わせて33の山鉾が巡行しています。
順番決めも祭の行事の一環
我先にと競う様があまりに危ないので、室町時代にくじ引きで決めることにしました。
先頭など、決まった順があるものもありますが、それ以外はくじで決まります。
これもまた、くじ取り式という行事のひとつになっていて、毎年7月2日に行われます。
山鉾は組立てから曳き回しまで、のべ180人位の人手がかかります。
稚児になる子の支度費用などは多いと
2000万円!
などと書いてあるものもありました。
一部、女人禁制が解かれた山鉾もありますが、未だに女性は鉾に乗ることも曳くこともNGなものも多くあります。
世界に誇る伝統行事ですが、年々人手不足が深刻になってきている状況もちょっとわかる気がします。
女性の登用を増やしていくなどして、なんとか未来へ残していけるよう頑張ってほしいですね。
山鉾が5種類もあるって知らんかったわ!
女性禁制もいずれなくしていったら、多くの人が参加できるお祭りになって、未来へ残していきやすくなると思うでぇ~