2年程前から度々ビジネスニュースなどをよく見聞きする人たちの間で話題になってきた、東京都のある条例が、2015年の都議会定例議会でとうとう可決されました。
正式には、「食品製造業等取り締まり条例の一部を改正する条例」といいます。
中味は、“都内のお弁当の路面販売を取り締まる”ための条例です。
簡単にいうと、2015年10月から、都内のオフィス街でよく見かける、昼休みに路面でお弁当を並べてワンコイン程度の低価格で売っている業者が大幅に姿を消してしまうかもしれない!という影響力を持つ決まりができました。
お弁当屋さん取り締まり条例ができることになった流れ
お昼ご飯代を切り詰めたい労働者を救ったお弁当
給料が上がらないのに物価と税金ばかり値上がりする昨今、サラリーマンの昼ご飯も厳しい状況に置かれています。
単価の高い飲食店での外食ばかりに頼ることは、もはやままなりません。
特に、都心のオフィス街には、安価なお弁当や日替わりランチにありつけるスーパーやファミレス店舗は少なく、ファーストフードやコンビニだけでは全てのニーズに応えられていません。
2000年代に入った頃から、都心のあちこちで、昼休みにどこからともなくやって来て、お弁当を並べて売る路面販売が増加していきました。
店舗を構える外食屋さんよりも安価に、ボリュームも十分な多種類のお弁当を買うことができます。
薄給労働者にとってありがたい味方となっています。
法律上、これらの臨時お弁当屋さんは「行商」という業態扱いになっています。
行商というのは、定義としては
- 「人力による移動販売」
- 「人が一人で運搬できる量を取り扱う」
と定められています。
これは昭和50年ごろまでいた、風呂敷等に入れた商品を背負って売り歩く行商人を想定した法律です。
あまりに小規模な商売形態であるため、店舗型の商売には厳しく定められている規定がほとんどないことが、安価な商品値段を可能にしている要因です。
行商の法律上の問題と衛生問題
具体的にいうと、行商はその日のうちに売り切る形なので、食品であっても衛生管理者を置くとか、保存方法の取決めなどの衛生上の規制がありません。
移動販売が建前なので、路上で立ち止まって取引きすることがあっても、いちいち道路使用許可等が要りません。
実際は現在のお弁当屋さんの多くが自動車に商品を積んでやってきます。
スペースは小さくても、路上の一角で定点販売して客待ちする形になっています。
本来ならば法律違反なため、行政から度々改善通知が出されましたが、法律は形骸化する一方でした。
また、余所から運んできて日の当たるような場所に並べて売っている状態を見て、食中毒を危惧する声もありました。
審議会を経て規制強化の方向へ
東京都は、衛生面を特に取り上げ、2013年「食品安全審議会」を設けて有識者による調査や審議を1年以上行いました。
そして、2014年2月に「弁当等に関する食品販売の規制の在り方について」という答申を出しました。
その内容を踏まえて、路面販売のお弁当屋さんの規制を新たに定めたのが今回の条例です。
条例が施行されれば、冷蔵保存管理など、店舗形態と同等の厳しい規制が課せられるようになります。
夏場に外にお弁当を並べて売ることはもうできません。設備を揃えるなどの経済的・人為的な余裕のないお弁当屋さんは撤退を余儀なくされ、残る業者も値段を上げざるを得なくなることが予測されます。
規制強化に対する反応
衛生上のリスクは誰が追うべきか
答申が出る以前から、安易な規制を憂う声が多方面から上がっていました。
まず、衛星問題を理由とされた点について。
過去5年間でお弁当を原因とした食中毒事件は500件弱報告されています。
が、路面販売のお弁当による事故は1件も起きていません。
常温管理で売買されるお弁当には、雑菌が繁殖しやすいのは事実でしょう。
しかし、売る側も買う側も、そのリスクを十分承知の上で取引し、スーパーの弁当や仕出し弁当以上に気を付けた取扱い、消費を行っていることが、食中毒ゼロを維持している原因と思われます。
昼休みの路面販売で買った弁当を、駅弁のようにお土産に持って帰る人などほぼいません。
という声が少なからずあります。
問題を衛生面だけに特化してしまっていいのか
また、今回問題は衛生面のことに限定されていますが、法の定める販売形態が実態にそぐわない点や、店舗経営業者との競合の問題をこのまま無視してしまうのは間違っている、と考える人もいます。
食品以外の業態も含め、路面販売を無理やり行商扱いしていることが法律違反を生んでいる、と考える人たちもいます。
「1人で運べる量を定点販売せずに売り歩けないのならば車の移動販売や店舗販売に移行」するよう指導する今の状態を見直したほうがいい、という主張です。
“車で持って来て路面販売する形”を想定した法をちゃんと定めることで、路上不法占拠の問題を解決する必要があるでしょう。
また、食中毒事故が全くないのに規制強化されたのは、客足を奪われる既存の店舗経営の飲食店業界の圧力があったのではないか、と考える向きも大勢います。
それらの業界は政治献金を行っている大手の企業が多いので、「既得権益」を守るために、弱小のお弁当屋さんを半ばスケープゴートにしたのではないか、との懸念を抱く人もいます。
審議会の答申通りに可決される議会でいいのか
また、議会ではなく行政の長の意向で何でも決まっていく現状の地方自治のあり方に警鐘を鳴らす人もいます。
実は、地方自治体の定める条例の多くは首長提案の政策条例です。
過去4年、議員提案の条例が一つもない議会は91%に及びます。
そして首長が出した議案が議会の中で修正や否決されることなく全て通してしまう議会は50%あります。
日本の地方自治は三権分立ではなく、行政が決めることを議会は追認するだけ、という形で進められることが普通なのです。
行政の出すものに文句を言わない理由のひとつが、議会にかけられる前に、行政が招集した審議会で、散々議論され、結論までほぼ示唆された「答申」が出されるため、議会があえてそれを覆すのはよくない・・・という空気があるためです。
今回も「食品安全審議会」という有識者の集団が、
- 「路面販売は雑菌が繁殖しやすい」
- 「もしもの問題が起きる前に、規制したほうがいい」
という答申を出したため、都議会では賛成多数で可決しました。
それをたたき台にして、更に議論を重ねる、ということはほとんど行われませんでした。
審議会メンバーの中に、都心のサラリーマンのような、お弁当を普段から買う立場の消費者を代表する委員はいませんでした。
という意見は、まったく出されないまま、条例は制定されたわけです。
まとめ
安全性ということを前面に出されると反対し辛いです。
自己責任といっても本当に食中毒が起きた時、売った側や管轄する行政の責任は全く問われずに済むのか?という問題もあるでしょう。
ただ、規制によるがんじがらめが、労働者の生活を圧迫し、客足が減った飲食店が起死回生でつかんだ販路を奪うものであるならば、拙速に規制するよりも、せめてもう少しいろいろな立場から意見を集めて議論されてもいいのではないかと思われます。
そして、審議会と議会の関係については、有権者がもう少し現状を知っておくべき問題です。
国も地方も官僚が全て決めていくことが、民主主義としていいのかどうか、今一度考えてみてはどうでしょう。
ちなみに、現在進行中の国会では、審議会の学者が全員「憲法違反だ」と警告している法律を「法を制定するのは専門家ではなく政治家だ」といって与党が押し通そうとしていますね。
一見今までの態度に矛盾するようですが、結局、政権がやりたい結論に決めてしまおう、という社会であることに変わりはありません。
日本、これでいいんですか!
昼休みにランチを食べる時、ちょっとだけ考えてみませんか。
てっきり食中毒の報告がたくさんあったから弁当路面販売の規制強化条例が可決されたのかと思ってたけど、0(ゼロ)だったんだ。
答申を覆すのはよくない・・・って空気はなんとかしないとね。。