2015年にヒットしたピクサー製作のディズニー映画「インサイド・ヘッド」 は、小さな女の子の頭の中にいる、様々な擬人化された感情たちが、すったもんだする様子を描いたファンタジー作品です。
感情たちは女の子を幸せにするために、日々頭の中で懸命に働いています。ヨロコビというプラスの感情だけではなく、イカリやビビリやムカムカ、そしてカナシミという、一見負の感情も、とても大切な役割がある、欠かせないその人の一部なのだ、ということを教えてくれるストーリーになっています。
子ども向けなので、なんだか道徳くさい話だなぁ~と思うかもしれません。が、この映画に一貫しているテーマ
「『悲しみ』は何のためにある?」
という問いは、脳科学や進化生物学、哲学などの学者が、昔から研究してきた命題です。
カナシミの存在意義とは、実はとっても科学的で深い真理があるんです。
悲しみは特別に強い影響力のある感情
悲しみの威力は他の感情に勝る
悲しみは“大きな影響力のある強い感情”です。
インサイド・ヘッドでも、カナシミが記憶のボールに触ったせいで、ヨロコビの思い出が、みるみる悲しみ色に変わったところから話が展開します。
2014年、ベルギーのルーヴェン大学のふたりの教授が、学生を対象に、感情的になった体験を調査しました。27種類の感情について、それが持続した平均時間を統計化しました。
- 「羞恥心」
- 「嫌悪感」
- 「恐怖」
- 「いらだち」
- 「驚き」
- 「感動」
など、強烈なように思える感情も、意外とすぐに消え去ってしまうことがわかりました。
一方で、「悲しみ」は最も長い120時間にわたって持続していました。
これは、2番目に長かった「憎しみ」60時間、
3番目の「喜び」35時間と比べても突出しています。
悲しみの影響力の大きさが、時間を物差しとして証明されています。
悲しみが強く大きくなる要因
両教授は、
でおきる傾向があるといいます。
長く続く感情は、後から高まってくることもあるので、
ともいっています。
- 関心が高いことだからこそ繰り返し思い出し
- 繰り返し思い出すことで強く長く心に残る
悲しみはそういう感情です。
悲しみと幸せは表裏一体
進化の視点から見る喜びと悲しみ
進化という点で考えると、高度に進化した人間が持っている機能は、必要性の高いものが洗練されて残されているはずです。マイナスの感情も、何かの点で有利に働くから存在すると考えられます。
原始的な動物の感情は、「怒り」や「恐怖」です。自然界で外敵に対峙して生き残るために必要な感情だからです。
野生動物は、人間と違い、「喜び」「悲しみ」より「怒り」や「恐怖」の感情に強く行動を制御されます。
猿や人の社会では、仲間とそうじゃない者を区別して、同種の中でグループ闘争することが、外敵と対峙するより重要です。そのため、生物学者の多くは、人間は社会形成に役立つ感情が発達した、と考えています。
集団を形成し、社会を作って生きるようになった人間は、例えば「喜び」や「悲しみ」の感情を仲間内で共有することで、集団の結束を高めていったと思われます。
また、集団社会とは一方で様々なストレスを生みます。涙は、ストレス解消の効果が大きいため、からだは「涙を流す」ことを欲し、悲しみに敏感になった、と考える人もいます。
しかし、涙のスイッチなら、悔しさや恐怖や感動もあるのに、なぜ悲しみだけ敏感になったのか?はわかりません。
傷つき悲しんだ体験が幸せになる能力を高める
2016年春、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校の進化生物学者クレイグ・モリス博士は、「別れの悲しみを体験した女性のその後」について調べました。
96か国の5,705人を対象に調査したところ、「パートナーの浮気」が原因で別れた女性たちは、短期的には強く傷つきマイナスの影響を受けますが、その後、より誠実な男性を見つけて幸せになる傾向が見られたそうです。
彼女たちは、辛い体験を経て成長し、ダメな男を見分ける能力が高まったと、博士は分析しています。
博士は
といいます。
わかりやすくいえば、悲しみは、
ということです。つまり
「悲しみは進化のスイッチ」
ってことでしょうか。
インサイド・アウト=裏返しの感情
- 周囲との結束を固くするのに悲しみが役立つ
- 悲しみは、より幸せな将来を選択する能力を磨くバネになる
このことは、
- 悲しみと喜び(幸福感)は表裏一体のものである
- 悲しみがあったから、喜びを求める力が沸いた
という真理につながっています。
これは、まさにインサイド・ヘッドの主題です。もともと、英語の原題は
『インサイド・アウト(INSIDE OUT)』
直訳するなら「裏返し」です。
それがこの映画の最も伝えたいメッセージでした。
今、周りに何かの悲しみに打ちひしがれている人がいたら、カナシミの本当の役割について、ぜひ教えてあげてください。
悲しいのは嫌だけど、喜びがなかったらもっと嫌だもんね。