2016年夏、イギリスの飲料メーカーが、画期的なインスタント紅茶を発売しました。
その名も『NO MORE TEA BBAGS(ノーモア・ティーバッグ)』
直訳すると、
「もうティーバッグは要らない」
ってことで、お湯で薄めて飲む“濃縮液体紅茶”です。
日本でも、夏に作る水出し麦茶のインスタントでこういうのありますね。
エアゾール缶に入れて発売したところが斬新で、そのままカップに適量スプレーしてお湯を注ぐだけで紅茶になります。ゴミも出ないし、手も汚さないところがスグレモノ!と、売りこまれています。
簡単便利なもの好きの日本人は、即購入したくなる人も多そうですが、文化としての紅茶の習慣にこだわりと誇りを持っているイギリス国民の中には、ティー文化の神髄への冒涜だ!と、いわんばかりの嘆き節をかましている人も少なからずいるようです。
従来の美味しい紅茶の煎れ方をしのぐ新アイデア?
手間も時間もいらずにすぐ美味しい紅茶が飲める
発売元の「ハリー&パーカー社」のサイト記事を見ると、
なんて言葉が並んでいます。
恐ろしいことが起こっている?
日本人やアメリカ人からみたら、とてもありがちなインスタント製品だと思うのですが、イギリスでは、SNSのカキコミやキュレーションサイトの記事、果ては大手新聞社まで、こぞってこの新発明に嫌悪感を示しています。
[The Sun 2016.9.9.記事見出し]
Teabag under threat from spray can that allows you to SQUIRT your brew into the cup
- 「これは文明の終わりなのか?」
- 「脅威の下におかれたティーバッグ!」
- 「あなたはマジでスプレー缶からカップに紅茶を噴出させるのか?」
- 「ホットドリンクブランドに怒っているイギリス人たちの論争」
[Mirror 2016.9.9.記事見出し、本文抜粋]
- 「彼らはティーバッグを過去のものとし、はるかに奇妙なものに置き換えた」
- 「間違えて、午前中に脇の下に紅茶をスプレーしてしまったら・・・嫌だよねぇ」
- 「これは今までに考えられた最悪のしゃれなのか」
[LOST AT MINOR 2016.10.6.記事本文抜粋]
No More Tea Bags: Brits horrified over the creation of aerosol tea
- 「なんだか恐ろしいことが起こっている。世界にはびこって脅威を与えようとしている悪に立ち向かうには、みんなで一致団結するしかない。その悪とは、気候変動でも、ドナルド・トランプでもない、もっともっとたちの悪いものだ。それは、エアゾールスプレー缶の紅茶である」
イギリス人と紅茶の関係
伝統の紅茶文化
イギリス人の紅茶好きは世界でも有名です。
上流階級から発した「アフタヌーンティ」などの紅茶文化は、作法やマナーが多く、
“伝統と格式を重んじる英国”
の文化を象徴する習慣といえるでしょう。
しかし、そんな格式ばったティータイムはイギリス人にとっても日常のものではありません。普段の生活の中では、ちゃんとポットで紅茶を煎れることは少なく、ティーバッグが使われており、カジュアルな飲み物となっています。
とはいえ、紅茶愛は物凄いので、ティーバッグとはいえ、煎れ方や味にはとてもこだわるのが英国人です。
時間もかけず、煮詰めたお茶を希釈する?
美味しい煎れ方の基本は、ティーバッグで煎れる時も、適度な時間と煮立たせない静かな「蒸らし加減」がポイントとなっています。
そんなお約束にこだわる人たちには、
“煮詰めて濃くしたお茶にお湯やミルクや水を注いで、蒸らすこともなくすぐ飲める!”
なんて作り方は、それはそれは許せないものがあったのでしょう。
日本の茶道の格式や芸術性に影響を受けて、上流階級でアフタヌーンティの文化が醸成されていった、ともいわれています。イギリス人にとっての紅茶は、ただ飲めればいい、というものではなく、時間や手間をかけながら煎れる、その一連の流れを含めて味わう文化なのでしょうね。
実はそんなに伝統は長くなく、他所から入った文化だった
そう、紅茶の国のようにいわれていますが、もともとの茶葉生産国ではなく、実は、英国で紅茶を飲むようになったのは、17世紀後半頃からです。
中世に日本や中国から緑茶が伝わりましたが、硬水のため美味しく煎れられず普及しませんでした。その後、硬水と相性がいい、茶葉を完全発酵(醸造)させた紅茶が作られます。上流階級で好まれ、インドの茶葉の輸入貿易が安定したこともあり、広まっていきました。
実は、たかが200年ちょっとの歴史しかない、外来文化が発展したものであり、伝統に裏打ちされたアイデンティティ、かどうかは微妙ともいえます。
伝統尊重の心が大事か、価値観の柔軟性が大事か?
人間慣れ親しんだことを変えられると、強い抵抗を感じるものです。スプレー紅茶は、素直に受け入れるには、ちょっと斬新すぎたのかもしれません。
旧態依然とした価値観に固執して、新しいものを受け入れられない社会は滅亡します。この新製品が受け入れられるかどうかは、格式にこだわりがちなイギリス人の柔軟性を開拓するための、いい試金石になるかもしれない、という声も一部にあります。
たかが紅茶、されど紅茶・・・・複雑ですね。
スプレー紅茶に慣れちゃう自分が怖い気もちょっとだけするんだよね。間違って変なのスプレーして飲んじゃったりしそうで。