クリスマス

「サンタクロースは本当にいるの?」と子供に聞かれたら

Written by 言祝(kotoho)

永遠のテーマ

小学校4年のとき

筆者に子供が授かったとき、心に誓ったことがあるのです。

大人になってもサンタクロースを信じ続ける子供に育てよう、と。

筆者は小学校4年生のとき、友だちに

「サンタクロースの正体はお父さん」

と聞かされました。

その話を信じたとか、信じなかったということではなく、知ってはいけないことを知ってしまったという気がしました。

素直に「サンタさんは本当はお父さんなの?」と父親に聞いてみようとも思いませんでした。

よく説明できないのですが、聞いてはいけないことだと思われたのです。

その年のクリスマス、父親に、

「何か、いま、2階で音がしたぞ。サンタさんかもしれない。見てきたらどうだ」

と言われ、その通りにしました。

もちろん机の上にはプレゼントが置いてありました。

でも筆者は知っていたのです、直前になにげなく父親が2階に上がっていったのを。

プレゼントは欲しかったマンガだったのですが、それは駅前の本屋の店名が印刷された袋に入っていました。

本気でサンタクロースを信じていた当時の筆者は悲しかったです。

ゴジラなんていないんだ、あれはぬいぐるみの中に人が入っているだけなんだ、そう言われたのと同じぐらいがっかりしました。

そんな過去もあって、自分の子供に同じ思いをしてほしくないという考えが根底にあったのかもしれません。



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「あの人、サンタさんだよね」

そんな筆者の血をひいたのか、子供はサンタを信じ続けました。

ある日近所のショッピングモールを歩いていると、子供が筆者を呼んで、ある人物を指さしました。外国人でした。

見事なヒゲをたくわえており恰幅の良い、まさにサンタクロースそのものの容貌でした。

驚くことにサンタクロースがプリントされたトレーナーを着ているのです。

「あの人、サンタさんだよね」

子供は眼を輝かせています。

「でもまだクリスマスじゃないのに、何をしてるんだろう?」

ここは親として機転を利かせなければなりません。

「子供たちからリクエストされたおもちゃを仕入れに来てるんじゃないのかな」

子供は納得した様子でした。

我が家では毎年12月になると、子供がサンタクロース宛の手紙を書くのが恒例でした。

これは事前に欲しいプレゼントを知るという意図があります。でもそれだけではちょっと寂しいので、子供に対して、

「サンタさんはいい子にしていた子供たちにはプレゼントをくれるんだ。だから何が欲しいかだけではなく、自分は今年こういういいことをしました、ということもちゃんと書いておかないといけないよ」

と説明しました。

我が家の子供はこれを真剣に受け止めていたようです。

「うんどうかいで、いっとうはとれなかったけど、さんとうになりました。がんばりました」

「はやおきをしようとがんばりました。さむいけど、ちゃんとおきました」

「わすれものをしませんでした。まえのよるにもちものチェックをしました」

親としてはうれしい限りでした。

このような気持ちを大人になっても忘れないで欲しいと祈るような気持ちで手紙を読んだことを覚えています。

「悪い子だったからサンタさんは来てくれなかったんだ」

あるクリスマスの夜、そろそろプレゼントを枕元に、と思い子供の様子を見に行ったときのことです。

寝ていると思っていた子供が起きていて泣いているのです。

「プレゼントがない。わたしが悪い子だったからサンタさんは来てくれなかったんだ」

そう言って号泣し始めたのです。

用意していたプレゼントを急いで隠すとなんとかなだめようとしました。

「到着が遅れているのかもしれないよ。だから安心して寝なさい」

子供は釈然としない表情を浮かべてしばらくぐずっていましたが、なにしろ深夜のことでしたから、すぐに寝入ってしまいました。

これはいけないと思いました。何か対策を立てなければいけません。

妻と相談し、プレゼントと一緒にメッセージカードを添えることにしました。

急遽インターネットで無料画像を検索し、プリントしたうえで「Merry Xmas」と書き添えてプレゼントとともに枕元に置いておきました。

翌朝目を覚ました子供は、メッセージカードを見て怖いぐらいに喜んでいました。

こうしてサンタクロースを信じるという永遠のテーマを守るために親として努力を続けていきました。

それは親の義務だと筆者は考えていたのです

サンタクロースは本当にいる

それはあっけなく幕切れを迎えた

ある年のこと、クリスマスが近くなったある日、子供が筆者のところへ来て、

「今年のクリスマス・プレゼントだけど○○が欲しい」

と言ってきました。

「お父さんに言われてもなあ、いつものようにサンタさんに手紙を書いて頼まなければ」

「サンタクロースなんていないんでしょ。友だちがそう言ってた。みんな知ってるよ。親がサンタなんだって」

あまりのことに驚いて妻に顔を向けると、彼女が目で合図を送ってきました。
(知っちゃったのか…)

あっけなく幕切れを迎えてしまいました。正直悲しかったです。

でもこれも通過儀礼のひとつと思い、あきらめました。

「サンタさんが来ない」といって泣いていたあの夜が懐かしく感じました。

あなたはサンタクロースを信じますか?

サンタクロースなんていない、親がプレゼントをくれるんだ。

それを知ることが通過儀礼なのでしょうか。

いまでも筆者は思います。

そんなことで大人の階段を上って欲しくないのです。

自分の子供にかぎらず、世界中の子供たちにサンタクロースは本当にいると信じ続けて大人になって欲しかった。

40過ぎのおっさんがこんなことを書くと、笑われるかもしれませんが、サンタを信じるという気持ちこそ大切なわけで、いる、いないで割り切れるものではないんですよ。

いまの子供も大人もファンタジーが足りません。

妄想と言われてもいいからちょっとファンタジーを持ち続けてみませんか?

人間はいろいろと技術を発展させてきて便利で快適に過ごせるようになりました。

それは否定しないし、筆者ですらその恩恵を積極的に甘受しています。

でも、やっぱりファンタジーですよ。

現実にどっぷりとつかった日常のなかでとつぜん現れるファンタジーの世界ってとても大切にしていかなければいけないものだと思うのです。

「サンタクロースは本当にいるの?」という疑問に対する回答はいままで世界中で多くの例があります。

最後にもっとも有名な回答を紹介しましょう。

今から120年前、米ニューヨークのある新聞社の記者が

「サンタさんは本当にいるのですか? 本当のことを教えてください」という女の子の手紙に対して返事として書いたものの要約です。

「サンタさんは確かにいます。それは人生を喜びに満ちたものにしてくれます。

もしサンタさんがいないのであれば世界はなんてさみしいものになるでしょう。

あなたのように何かを信じる純粋な心がなくなってしまうのですから。

この世の中には目に見えないものや、自分たちが理解できないものは信じないという人が多いようです。

でもサンタさんを見た人がいなくても、サンタさんがいないというわけではないのです。

この世界の本当の真実は誰にも見ることが出来ないのです。

真実を隠しているベールは力では開くことができません。

何かを信じる心、誰かを愛する気持ち、そういったものだけが真実を隠しているベールを開くことできます。

ベールの向こうはすばらしく美しい世界です。

サンタさんは永遠に生き続けます。

千年経っても、十万年経ってもサンタさんは子供たちに笑顔を運び続けるのです」

まさケロンのひとこと

サンタさんを見たって人がいない=サンタさんがいない
とは限らないよね!まさケロンはサンタさんに会ったことあるけどね〜。

masakeron-happy


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筆者情報

言祝(kotoho)

映画オタク。日課は読書。最近は料理にハマっています。座右の銘は「好奇心を失ったら、そこで終わり」