2015年の国会は、現在会期延長中です。この原稿執筆の時点では、安倍政権の出してきた「平和安全法制」の提案は成立しておらず、与野党の論戦はまだ続いていきそうな情勢です。
先週末は、自民党若手議員たちの勉強会の「マスコミを懲らしめる」発言が物議をかもしていましたが・・・・。
もうしばらくこの問題の論議は紛糾するでしょう。
そしてそればっかりクローズアップされる陰で、いろいろな大事なことがスルっと見過ごされていくような怖さも感じます。
対岸の火事で終ってしまったアメリカの事件
チャールストンの教会の銃乱射事件を覚えていますか
6月半ば、アメリカのサウスカロライナ州チャールストンの黒人が多く住む地区の教会で、9人が殺害された銃乱射事件が起きました。
容疑者ディラン・ルーフは、21歳の白人の青年で、学校をドロップアウトしてから、過激な人種差別思想サイトに強い影響を受けるようになったと見られています。
今回の犯行は激しい黒人差別・憎悪の感情から行われた“ヘイトクライム”(民族や人種に対する憎悪に起因する犯罪)だと断定されました。
アメリカでは、白人警官による黒人少年殺害事件など、人種差別に根差す事件がこのところ続いており、今回の事件は社会に重く受け止められ、反響もまだまだ鎮まらない感じです。
しかし、日本での報道は、ろくに反響もないまま、すでに忘れられた感があります。
国会のニュースの影で、完全に“対岸の火事”のように流された報道のひとつでした。
特定の国と民族への憎悪が高まる社会
人種差別の問題=アメリカの専売特許
このような感覚の日本人は確かに多いかもしれません。
しかし、ヘイトスピーチなどに見られる嫌韓思想の台頭が看過できないレベルになってきた昨今、この事件と現在の日本のネット状況には、共通する部分が多く見られることに、いやぁ~な感じを禁じ得ません。
ルーフ容疑者は、ネット内に犯行予告とも取れるメッセージも含め、様々なヘイト思想を書き連ねた書き込みを残しています。
捜査当局によって次々明るみに出てきた事実を見ると、彼は「黒人による白人への犯罪」ばかりを集めて黒人への憎悪を煽るサイトに出会い、そこですっかり感化され“目覚めて”しまったと見られています。
彼は、使命感に駆られ、正義と信じて犯行に至った確信犯です。
現在、ネットの世界には、特定の人たちを貶めることを目的に作られているサイトもたくさん溢れています。
差別思考の強い人たちによって被差別者への悪感情を増大させるように仕組まれたサイトはその代表です。
日本の嫌韓思想に基づく発言を続ける人たちの多くも、ネット内の煽り記事に感化され、目覚めていった経過を経ています。
徒党を組んで、「韓国・朝鮮人をころせ」と叫びながら街を練り歩いている人たちは、自分たちの言動は正義であると信じて行動しています。
ネットde真実
メディア・リテラシーとネット・リテラシー
ネットの世界は、言論の自由が大幅に尊重されています。が、誰でも自由に発言・発信できるため、一方でデマも大量に出回りやすい世界です。
誰かの勘違いや書き間違いなどが拡散したり、噂に尾ひれがついて、伝達の途中で悪意なく中身が変容してしまったり、ということも多々起こります。
また、詐欺などの犯罪を目的とした騙すためのサイトや、ルーフ容疑者が洗脳されてしまったような歪んだ価値観を煽動するために作られたサイトもあります。
今、嘘情報に惑わされないように、ネットと付き合っていくことがとても大切です。
- メディアからの情報を正しく理解する技術を「メディア・リテラシー」
- ネットの情報を正しく理解する技術を「ネット・リテラシー」
と呼びます。
ネット・リテラシーは、特に真実かデマかを見極めるスキルが重要です。これには、自分がデマを発信しないようにする技術も含まれます。
衝撃的な書き方をされるとすぐ鵜呑みにしてしまう
ネット内の記事には、いかにも隠された真実であるかのように、勘違いや間違いや悪意のあるデマを流す記事がたくさん紛れています。
リテラシーの低い人の中には、ちょっと意外で衝撃的な情報を見ると、ほとんどそのまんま鵜呑みにして信じてしまうタイプの人がいます。
彼らは、「自分は隠された真実を知った」という特別感に高揚して、その情報を自慢げに吹聴・拡散してしまう傾向が強いです。
そういう人たちを揶揄する言葉として、いつの頃からか
「ネットde真実」
という言葉が使われるようになりました。
ネトウヨ、ネトサポ
ネットde真実の人の傾向
ネットde真実という揶揄は、最初は「ネトウヨ」(ネットで過激な右翼的発言を繰り返す人たち=ネット右翼を指し、半ば蔑称として使われる言い方)や嫌韓思想の人たちに対して使われた言葉です。
普通の右翼と違い、ネトウヨさんは国粋主義的な言動よりも韓国人・中国人への民族差別的な言論活動に熱心な人が多いです。
ヘイトスピーチを煽動する人たちの多くがネトウヨさんです。
保守的で反韓国・中国、排他主義に極端化する彼らの主張の論拠は、ネットで見つけたデマ情報が少なくありません。
彼らの多くは、情報の信憑性を精査することなく憎悪と猜疑心を際限なく膨らませていく傾向がありました。
思想の形成のされ方を見る限り、ルーフ容疑者は、まさにアメリカ版ネットde真実です。
ネトウヨに支えられる政権
アメリカは、保守党とリベラル党が政権をとったりとられたりを繰り返してきました。
白人至上主義の政党が出現することはありますが、表だって人種差別をすれば社会的批判を受けます。
間違ってもそういう勢力が政権を取ることはありません。
日本の場合は一瞬の逆転はありましたが、戦後ほぼずっと保守が与党として政権を独占しており、特に現在は圧倒的多数政権です。
そして、ネトウヨさんは与党の強力な支持層となっています。
彼らは、自民党政策を批判する人に対しては「中国・韓国人」「在日」の立場に立つ非国民だ!という類の反論をするので、議論の相手にはあまりされませんが、攻撃されるのがわずらわしいので、ネトウヨさんに反論されそうな場ではリベラルな発言をする人がだんだんいなくなっていきました。
政権は民族差別を煽る動きにどう対処しているか
2010年、民主党に政権交代された時、ネットで自民党の主張を全面的に肯定して支持する主張を書きまくって応援するボランティアグループ
「自民党ネットサポーターズクラブ(通称:ネトサポ)」
ができました。
これは自民党ファンが自主的に始めた活動ですが、
ということを鮮明にする役割を果たすことになりました。
安倍総理を始め、与党の主な政治家も、支持者にネトサポの参加登録を呼びかけています。が、ネトウヨさんによる意見の異なる人の口を封じる攻撃的書き込みは捨て置いています。
また、日本のヘイトスピーチの問題は、国連の人権委員会から国が対処の勧告を受けるほど、深刻で危険な状況と、国際的には見られています。が、日本政府の取り組みは、必ずしも積極的に問題解決に向いているとは言い難い状況です。
日本会議
戦後レジームからの脱却
小泉さんが自民党の派閥体制をぶっ壊して以来、与党自民党の中の価値観や方向性の多様性が失われたといわれています。
その陰には安倍さんを始めとする、現在の政権の閣僚のほとんどが所属する極右のロビー活動団体「日本会議」の思惑があります。
安倍政権が行ってきた政策のほとんどが、この日本会議の方針と一致しています。
日本会議は戦前復古を悲願に掲げる右翼団体として世界にも知られおり、ポツダム宣言の受諾やその後の日本の民主化、日本国憲法の設立などは、すべて“戦勝国から押し付けられた”文化である、と主張しています。
彼らにとっての守りたい伝統は戦前の国家体制です。安倍政権では、この考え方を「戦後レジームからの脱却」と呼び、政治目標としています。
集団的自衛権が必要になる理由
独立国家として堂々と軍事力を持つことも、日本会議の目指す国の形のひとつです。
安倍政権は今、同盟国(アメリカ)と一緒に軍事行動ができるような国家体制を作ろうと必死です。
ただ、憲法を改正せずに体制改革をする選択をしたために、
“アメリカと軍事的に一体化することは「自衛の為」”
という理由が必要になりました。
そこで、
“アメリカに依存しないと国が守れないほどの危機が迫っている”
と理由づけしようとしています。
今の所、説明が下手で国民に真意が伝わっていませんが。
中国と北朝鮮の脅威をことさら煽ることは、理由の信憑性を高めます。
国民の間に嫌韓感情が高まることは、平和安全法制成立のためにはプラスに働きます。
もちろん、それを狙って、ネトウヨの誹謗中傷やヘイトスピーチを政府が見て見ぬふりをしているのかどうかは、定かではありませんが。
真実のモト
- 「先の戦争は侵略戦争ではなく、アジア解放のために戦った戦争」
- 「南京大虐殺などなかった」
- 「東京裁判は間違いだった」
などなど、ネトウヨさんがよく主張するネットde真実のモトは、日本会議から出された見解にほぼ沿っています。
自民党とネトサポは、民族差別や過激な誹謗中傷とは距離を置こうとしていますが、自民党を半ば操る右翼団体は、独自の歴史認識と民族観を強烈に打ち出すことにためらいはありません。
日本のディラン・ルーフたち
ルーフ容疑者は、犯行に及ぶ動機について、
という書き込みをネットに残しています。
彼は、アメリカの白人社会を汚している黒人を懲らしめるために、勇気を持って立ち上がったようです。
日本のネトウヨさんが、そこまでしないで済んでいるのは、ある意味政権を信じているからともいえます。
自分がやらなくても、自分と同じ主張を権力が持っているのですから。
良いか悪いかは個々で判断することですが、今の日本はそういう国です。
安倍さんに対して反対の意思表明をする国民が増えてはいますが、そもそも安倍さんに勝たせたらこうなることがわかっていながら、圧倒的多数の支持を与えたのも国民でした。
今、国民が政権に抗うことは、リベラル派から見ると良心かもしれません。
しかし、保守派からみたら無責任にしか見えないでしょう。
立憲主義の意味がわからない政治家と、選挙の意味がわからない国民・・・・
“熱心に国を思っているのは日本会議だけだ!”
と感化される人が生み出される基盤は万全!てことなんでしょうか。
これからの時代、たくさんの情報に振り回されることになると思う。
みんなもネット・リテラシーを鍛えておこう!