勉強嫌いは損をしている?
大人こそ勉強しなければならない
いきなりですが、学校、好きでしたか?
筆者は、学校が苦手でした。勉強が大嫌いだったからです。大人になれば学校に行かなくて良い、早く大人になりたいと、当時は本気で考えていました。
いつしか大人になって、学校へは行かなくてよくなりましたが、勉強については解放されるどころか、学生のころよりもさらに勉強しなければならないような状況に陥り、これなら学生の頃のほうがまだマシだった、なんて考え
「何かを学ばなければならない」
という状況はちっとも変わりません。
むしろ勉強の成果がよりシビアに評価されるような世界に身を置くことになってしまうのです。社会人一年生のころの筆者は、子供のころに描いていた「楽しい大人の世界」が幻想に過ぎなかったことを思い知らされ、愕然としたものです。
大人になると仕事を覚えなければならないし、さらに自分なりの方法を考え、良い結果を出すことを要求されるのです。企画書や資料を読み込み、どのような問題点があるのかを見極めなければならなかったりするわけで、これなら教科書に沿って勉強していた学生時代のほうがはるかに楽でした。
「人生はすべて学びだ」
という言葉がありますが、人間は死ぬまで勉強から解放されない、といっても言い過ぎではないかもしれません。
「勉強しなければならない」という束縛
どのような仕事にも「基本」というものがあります。これが理解できていなければ、仕事にならないというわけです。新人は一秒でも早く、この「基本」を覚えなければなりません。
「毎朝、経済新聞に目を通すのは、基本中のキホン」
などと先輩や上司に言われたならば、もうこれは絶対なのです。で、経済新聞を読み始めるわけですが、よほどの覚悟がない限り、必ず挫折することでしょう。なぜなら「やらされている感」に満ち満ちているからです。
- 「…をしなければならない」
- 「…を覚えなければならない」
とおもえば思うほど、勉強が嫌になり、効率が落ちます。
楽しく勉強するためには?
量を小さくする。
考えてみてください。口に入りきらないほど大きなものを食べるとき、あなたはどうしていますか?食べやすい大きさにしますよね。勉強もそれと同じです。負担に感じるのであれば、
大きさ(量)を減らせばいい
のです。
マニュアルを読んで内容を覚えなければならないのであれば、一日1ページと決めて、たとえどんなに時間に余裕があってもそれ以上は手を付けない。用語を覚える際も、同様に一日1語しか覚えない。時間で区切っても良いです。一日の勉強時間を20分と決める。それ以上時間を費やさない。
この方法の目的は「負担」と感じさせないことです。さらに「継続させる」という効果も期待できます。自分にとって、ちょうどよい量であれば、毎日続けることも苦にはなりません。
続けることで、「もっと知りたい」という欲が出てくればしめたものです。そのときは量を増やせばいいのです。
自分の好きなものと(強引に)結びつけてしまう。
大人になってからの「勉強」は、往々にしてまったく興味のない事柄を「仕事に必要な知識だから」というだけの理由で覚えなくてはなりません。これを成功させるには、かなり強い意志と、仕事に対する情熱が求められますが、なかなかそう上手くはいかないものです。
だったら自分の興味のあるものと結びつけてしまうという方法はどうでしょうか?
筆者が以前、コールセンターのオペレーターだったとき、電話対応マニュアルを丸暗記することを求められました。筆者は読書が好きですが、さすがに業務マニュアルは読んでいてもちっとも面白くありませんし、内容が頭に入りません。そこで、小説風に自分で書き直してみたのです。すると驚くほどスムーズに暗記することができました。
絵が得意なら、イラストにしてもいいし、歌が好きなら、覚える必要がある内容を歌にしてしまうというのもアリです。
「…をしなければならない」って状況でも、自分なりにいろいろ工夫してたらそのうち夢中になって「…をしたい」って思えてるかもしれないね。最初は大変だと思うけどその壁を乗り越えちゃえばこっちのもん!