誹謗中傷は突然襲ってくる
「言葉の暴力」を軽視するなかれ
最近SNS上で誹謗中傷によるトラブルが増加中です。執拗な攻撃に耐えかねて、自らの命を絶ってしまうケースも発生し、深刻な問題に発展しています。
書き込みや投稿、さらには言葉による暴力は、とても恐ろしいものです。
殴る、蹴る、といった直接的な暴力は痕が残ります。ところが言葉による暴力は痕が残りません。だから軽視されがちですが、それはとんでもない誤解です。言葉は想像以上に大きなダメージを相手に与えます。時に相手が死を選ぶぐらい、強力です。
今回は「言葉の暴力」を回避して、被害者にも加害者にもならないで済む方法を考えていきたいと思います。(ここで用いる「言葉の暴力」には、SNSの投稿や書き込みなど文字による攻撃も含まれます)
加害者にならないためには
相手の気持ちを想像する。
これにつきます。好きな人とのデートを思い浮かべてください。
- どこに行けば楽しんでもらえるだろうか
- 食事は何がいいだろうか
- どんな映画を選べば喜んでもらえるだろうか
とにかく、相手が楽しんでくれる、喜んでくれることを考えますよね。
これと同じです
こんな投稿をしたら、どんな気がするだろうか。傷ついたりはしないだろうか。相手の身になって考えてみる。
自分がされたら嫌なことは、相手にもしない。これを意識すれば、相手を傷つけずに済みます。大切なのは想像力を働かせること。
言葉の防弾ベスト
魔法の言葉
「相手のことが気に入らないから罵詈雑言を浴びせたいんだ。憎い相手のことなんか、いちいち気にしていられるか」
そうですか。相手を傷つけたいから誹謗中傷するんだ、ということですね。
ではこの方法はどうでしょうか。
相手に何か言われたら、その語尾に以下の言葉を付け加えてみるのです。
「…と、この人は言っているが、果たしてどうなのだろうか?」
例えば、今あなたがSNSにて徹底的に攻撃している相手がいるとします。なぜこんなことになったかというと、ある映画について、
「とても感動した。面白かった」
と投稿したことに対し、相手が
「あの映画は史実を歪曲している」
と書き込んできたからです。
自分のお気に入りの映画をけなされたのだから感情的になるのは無理もないことですが、そこで先述した方法を試してみるとこうなります。
「あの映画は史実を歪曲している、と、この人は言っているが、果たしてどうなのだろうか?」
こうすることで、ちょっと引いた視点から相手の意見を考えることができるようになると思いませんか。
- 「本当に史実を歪めているのか確かめてやろう」
- 「そういう見方もあるのか」
- 「そうだとして、それを差し引いても、ヒロインに感情移入しやすいストーリーはやっぱりすごいと思う」
様々な選択肢が見えてきたりして、いろいろな角度から考える訓練にもなりそうです。ワンクッション置くことによって、感情的にならずに済むと思うのですが、いかがでしょうか?
余談ですが、この方法は筆者が考え出したものではありません。かなり前に本で読んだか、テレビで見たか、詳しいことは忘れてしまいましたが、なぜかずっと記憶に残っています。
被害者にならないために
この方法、実は逆の立場でも使えます。
SNSで、ある映画をとても褒めている投稿があったので、
「その映画は史実を歪曲している」
と指摘したところ、徹底的なバッシングを受けてしまうようになった。
最近では「しね」「この世から消えろ」などと罵詈雑言の嵐で、メンタル的に限界を超えてしまいそうだ。
では試してみましょう。
「しねと、この人は言っているが、果たしてどうなのだろうか?」
こうすることで、まるで他人事のように問題をとらえることができるでしょう。
- 「しねと言われてもなぁ」
- 「絶対に、この人より長生きしてやろう」
- 「ここまで映画に肩を持つということは、もしかしたら関係者なのだろうか?」
- 「そこまでこの映画を推す理由が知りたい」
自分を攻撃する言葉だったものが変化しました。俯瞰的にとらえることができて、急所をそらすことが可能になります。急所がそれた銃弾は、痛いかもしれないけれど、あなたの命を奪うことはできなくなるはずです。
「魔法の言葉」はちょっと大げさすぎたかもしれません。でもお金もかからないし、時も場所も選ばない方法です。
一度試してみてはいかかでしょうか。
言葉の重みって大きいよなぁ。ちょっと付け加えるだけで気持ちが全然違うもんね。