寒くなってきました。だんだん年末が近付くにつれ、店頭では、生ガキや伊勢エビ、鯛など冬のご馳走食材が幅を利かせるようになっていきます。
日本海側や西の地方では、冬の味覚の王様というとズワイガニをあげる人が多いです。
東京ではカニすきといえばタラバガニ、という人も多いですが、タラバガニは実はカニではなくヤドカリの仲間であるため、カニ本来の旨味や甘味の味わいが濃いのはズワイガニのほうだと言われています。
タラバガニにもズワイガニにも、甲羅の表面に黒くてブツブツした丸い物が付着していることがよくあります。あれ、なんとなく見ていて気持ち悪い感じもしますが、何なのでしょうか?
なんだかよく知らないけれど、美味しさのサインらしい?
「ブツブツが付いていると身が詰まっていて美味しい」説
カニを売っている水産業者さんのサイトや、料理レシピの紹介ページなどを見ていると、
と、紹介されているものがいくつも見られます。実際、店頭で品定めをする年配のお客さんの中にも、あのブツブツが付いてないものはダメだ、とウンチクを垂れる人が多いらしいです。
また、特にズワイに関して
という説も根強く世間に広まっています。
商売人の販売促進戦略だった可能性が高い
結論から言うと、上記の2説は、どうやらマユツバ(信用できないこと)のようです。
漁業従事者が販売促進の決め文句として、お客さんの購買意欲を煽るために説明を付けて売っていたことが始まりのようですが、最初は決して騙そうとしていたわけではなく、仮説の段階での勘違いや思い込みが、漁業者たちの間にも広まっていたようです。
今はほとんどの売り手はそれが正しくない説だとわかっているものの、お客さんのほうが頑なにそう思い込んでいて、ブツブツを求める人が今もなお多いのです。
売り手としてはあえて否定せずに、お客さんの欲しがるものをオススメしている状況が続いています。
しかし、中には、本当は身入りが悪くて美味しくないとわかっているものや輸入ものを、より高く売るためにブツブツ説を出してくる業者もいるので、消費者としては気を付けておいたほうが良さそうです。
ブツブツの正体は深海に住む虫の卵
黒いブツブツはカニビルが産み付けた卵
ブツブツの正体は、実は
「カニビル」
という虫の卵です。
“ヒル”の名の通り、魚などのからだくっついて、体液を吸って生きる寄生虫の一種で、吸い付くための大きな吸盤のような口を持ったミミズのような外観の生き物です。
地盤の固い所に産卵する習性がありますが、カニが生息する深海は泥砂に覆われた場所で、岩場などがありません。
そのために、同じ場所に住んでいるカニや貝の殻に卵を産み付けています。固くて卵が安定する上に、カニも貝も動きますから、カニビルとしては生息域を広げて繁殖していくことができるので、都合がいいのです。
捕獲されたカニに、たまにカニビルが吸い付いたままくっついてくることがあります。
甲羅が硬いため、体液を吸われることはなく、カニ自体には何の害もないそうです。
寄生しているわけではなく、カニビルは、産卵するためだけにカニに吸い付いているのです。
脱皮を繰り返すカニの生体から生まれた美味しさ説
その産卵された結果のブツブツが、なぜ美味しさの証と思われたかというと、それはカニが脱皮を繰り返して大きくなる生き物だからです。
カニは脱皮する度に、からだの大きさが前より一回り大きくなります。
一回り大きなものが、どうやって前の殻の中に入っていたのかというと、新しい殻は軟らかくクシュッと縮んだ状態で納まっているためです。
外にでるとピンと伸びて、時間と共に硬くなります。
殻の中味はまだ前のサイズのままですから、脱皮直後は身入りがスカスカしています。
そこからまた成長して、だんだん殻に見合う体に育ちます。
つまり、脱皮から時間がたっているものほど身が詰まって美味しいということです。
脱皮する時は、カニビルの卵ごと前の殻を脱ぎ棄ててしまいますから、殻の上に卵がついていたとすれば、それは脱皮から時間がたっている証拠である、と考えられました。
それが「ブツブツが美味しさの証」説の根拠です。
深海の生物の生態はまだまだわからないことだらけ
ズワイガニやタラバガニ、カニビルが住む世界は、海底200~600メートル、海水温0~3度の深海です。
深海の探査は現在進行中の分野で、そこに住む生物の生態は完全には解明されていません。
特にカニビルについてはまだまだわからないことの方が多いです。
カニが脱皮してから漁が解禁になるまでに数か月から半年あいています。
最近、カニビルの産卵期はこの半年間の中で何回もあることがわかってきました。
捕獲される直前に卵を産み付けられている場合も十分ある、ということで、必ずしもブツブツの有無が脱皮後の時間の長さを表わすわけではないのです。
また、その生息域も正確にはわかっておらず、ロシアや北朝鮮で水揚げされたカニにも、カニビルの卵の付着が見られるものがあります。
ズワイやタラバの生息域と同じくらいの範囲に、カニビルも存在している可能性は高いです。
品質の目安でもなく、害にもならない、でも気持ち悪い!
買う時、ブツブツの有無はあまり気にしなくていいです
以上のように、カニビルの卵の有無が品質や産地を保障するかどうかは怪しいので、買う時の目安として頼り切らない方がいいでしょう。
卵がよほどびっしり甲羅を覆っていて、しかもその卵が孵化したものばかりだったら、比較的時間がたっていると思われます。
しかし、カニビルの産卵から孵化までの時間がはっきり解明されていないので、どの程度の時間の違いになっているのかはわかりません。
食べる時の注意
カニの甲羅ごと鍋に入れる場合、カニビルの卵やカニビルそのもの(産地の市場などで買ったカニには、甲羅にカニビルが吸い付いてぶら下がっているものがあります)が付いたまま煮てしまうと、煮汁の中に卵やカニビルが混ざってしまうかもしれません。
毒ではないので食べられます
が!
カニビルはヒルの頭をした太いミミズみたいなものですから、見た目はあまり気持ちよくはありません。
もし孵化前の卵がつぶれて中の赤ちゃんが出てしまうと、それも超ミニサイズのカニビルの形です。
そんなの野菜と一緒に食べちゃえばわからないよ、という人は構いませんが、そう聞いてしまった以上、気持ち悪い~と思う人は、
甲羅の扱いにご注意ください。
カニの黒いブツブツの正体については、そんなところです。
あれが「美味しいカニの証」説は、今でもテレビの情報番組や雑誌・ネットの記事等で頻繁に流れています。
科学的根拠はなくとも、消費者は「○○が良さそう」系のうわさが大好きなので、マスコミも真価は問わずにそういう情報にすぐ飛びつく傾向があるのは否めません。
よく見れば、みな
という表現になっており、「~です」と断定はしていません。
「信じる信じないはあなた次第」
的な責任転嫁の逃げ道を作りつつ、よく言えば経済活性化のため、下世話ないい方をすれば、スポンサーが儲かればよい、という姿勢でマスメディアは民意を煽るもの、ということを忘れちゃいけないってことですね。
まさケロンはカニビルが怖いから甲羅の取り扱いには注意することにするよ~。